十二月二十四日。
日にちが変わる少し前。
私はリビングで白い袋にプレゼントを詰めていた。
クリスマスパーティーで皆のプレゼントを一時回収した際に使っていた物だ。
春歌ちゃんや鞠絵ちゃんや千影はともかく、小さい妹達の夢を壊さない為にも、私は毎年こうしている。
彼女達のサンタクロースになるのも悪くない。
と云うよりも、毎年の事で慣れただけかもしれない。
・・・今年一年、面白かった。
だからといって、去年が面白くなかった訳ではない。
だけど、もし来年が去年だったら、面白いが物足りなく感じるだろう。
「ふぅ・・・」
溜息。
鬼が笑うわね・・・
十一個のプレゼントを袋に詰め終わった私は、リビングの電気を消し、部屋を出た。
普段は人数が多い為に廊下すら賑やかなのに、夜は静かだ。
静か過ぎる。
私はそんな夜が嫌いだった。
一人で居るのが怖かった。
今もそう思う。
だけどもう、嫌いではない。
何処かに自信が出てきたのだろうか。
決して独りだと思うことがない。
廊下に並ぶ扉の向こうには妹達が眠っている。
そんな当たり前の事を、当たり前に認識出来るようになった。
考えながら、白雪ちゃんの部屋の扉を開ける。
危うく何時もの癖でノックしそうになった。
電気は消えている。
寝息も聞こえる。
ちゃんと寝ているわね。
「お疲れ様ですの、咲耶ちゃん」
「えっ・・・?」
突然話し掛けられ、私は飛び上がりそうになる程驚いた。
「白雪ちゃん・・・起きてるの・・・?」
暗闇の中、ベッドに座っている白雪ちゃんのシルエットが確かに見える。
じゃあ、寝息は誰の?
問う前に其の答えはちゃんと白雪ちゃんが云ってくれた。
「ええ、でも亞里亞ちゃんが寝てますの」
ああ、そう云う事。
納得しながら、暗闇に目が慣れてきた私は白雪ちゃん用のプレゼントを白雪ちゃんに渡した。
「ありがとうですの、サンタさん」
白雪ちゃんの表情は良く見えないが、微笑んでいる。
雰囲気で分かる。
「何時から私がサンタクロースだって、知ってたの?」
そろそろ気付く頃だとは思っていた。
其れでも問うた。
「去年からですの」
「そう・・・」
「亞里亞ちゃんに出逢ってから、姫も変わったんですの」
そう云い、白雪ちゃんは亞里亞ちゃんの頭を撫でた。
「咲耶ちゃんに何時も任せていたら、何時までもお姉さんになれない、って」
・・・私は任せられていたのではなく、私が引き受けていたんだ。
お姉さんで居たいから。
迷惑ではなかった。
むしろ嬉しかった。
だけど、同じように、少なくとも白雪ちゃんは皆に料理を任せられていると思う。
もしかすると、白雪ちゃんにとって、其れは当たり前の事なのかもしれない。
気付いていないのかもしれない。
本人も、皆も、私も。
「・・・袋、ちょっと姫に貸してもらえませんか?」
白雪ちゃんは私の横に置かれている袋を指差して云った。
「え・・・でも・・・」
「分かってますの。此の後は咲耶ちゃんに任せます。だけど、今は・・・」
白雪ちゃんは其の後に言葉を続けなかった。
でも、彼女が云いたい事は自分の事のように分かる。
白雪ちゃんは亞里亞ちゃんのお姉さんでいたいんだ。
私は白雪ちゃんに袋を渡した。
「ありがとうございました」
亞里亞ちゃん用のプレゼントを袋から出すと、すぐに白雪ちゃんは袋を私に返した。
「・・・良く分かったわね、其れが亞里亞ちゃん用のプレゼントだって」
「むふん、姫だって伊達に咲耶ちゃんの妹はやってませんのよ」
嬉しい。
皆成長していっている。
其れはとても嬉しかった。
「それじゃ、私は他の娘達にも渡してくるわね」
「ええ、それではおやすみなさいですの」
私は白雪ちゃんの部屋を出た。
次は可憐ちゃんだ。
もしかしたら、彼女も起きているかもしれないので、袋は一旦部屋の外で置いた。
扉をゆっくり開くと、真っ暗で、確かに可憐ちゃんの寝息が聞こえた。
大丈夫だ。
そう思いながらも、部屋に一旦入ってみる。
反応は無い。
安心し、袋からプレゼントを取り出し、枕元に置く。
ついでに、可憐ちゃんの寝顔を見た。
何時もしている三つ編みは解いてあった。
可愛い。
素直にそう思う。
綺麗、とも思う。
彼女はやがて恋をするだろう。
とても綺麗な恋。
でも・・・
其の相手は私であってはいけない。
そう、私ではいけない。
私は部屋を出て、扉をゆっくりと閉める。
あと五センチと云うところまで閉めた其の時。
「お疲れ様・・・サンタさん」
可憐ちゃんの聲が聞こえた。
・・・あれは寝言だったのだろうか。
起きていても、寝惚けていてサンタだと思われたなら、構わない。
見つかって、正体までバレていたなら、夢を壊してしまっていただろうか。
それとも、もう気付いているのだろうか。
何、云ってるんだろう。
まるで母親みたいだ。
・・・母親。
其れでも悪くない。
そう、思った。
次の部屋は鈴凛ちゃんだ。
彼女にはもう知られているので、私は安心して扉を開いた。
「あ、来た来た。今年は何が貰えるかなぁ」
「こんばんわ、咲耶ちゃん」
椅子に座ってニコニコしながら私を迎える鈴凛ちゃん。
そして、何故か其の部屋の床で正座をしている春歌ちゃん。
春歌ちゃんは深くお辞儀をした。
「あら、春歌ちゃん。こんばんわ」
私もつられてお辞儀をしてしまう。
「何で鈴凛ちゃんの部屋に居るの?何かあったの?」
「いえ、そう云う訳では・・・」
少し気まずそうに、春歌ちゃんは視線を宙に泳がせた。
「そんな事より、早くプレゼントちょーだいっ♪」
そう云いながら、鈴凛ちゃんは私の腕に自分の腕を絡ませてきた。
私の担いでいる袋の外から、鈴凛ちゃんの片手が自分のプレゼントを手探りで探していた。
なかなか見つからないのか、眉を顰める。
私が今持っているのだから、見つからなくて当たり前なのに。
鈴凛ちゃんは見ていて面白かったが、あまり遊んでいると可哀想なので、私はプレゼントを差し出した。
「ふふっ、分かったわ。はい、メリークリスマス」
「わぁーい、何かなー何かなー」
鈴凛ちゃんはベッドに飛び込むと、寝転びながら包装紙を開け始めた。
「春歌ちゃんにも、どうぞ」
「ええ、本当に有難う御座います」
春歌ちゃんは受け取りながら、また深くお辞儀をした。
「そんな、お礼なんて良いのよ。此れは私の自己満足なんだから」
「ええ、でも・・・」
相変わらず硬い考え方をする娘ね。
でも、其れが似合っている。
苦手だけれど。
「それじゃあ、お願いがあるのだけれど、此れを鞠絵ちゃんの枕元に置いておいてもらえるかしら」
「ええ、承りましたわ」
私は春歌ちゃんに鞠絵ちゃん用のプレゼントを渡した。
お願いをしておけば、利害が一致するので、春歌ちゃんも満足したようだった。
私よりもお姉さん向きかもしれない。
其の辺りは少しだけ、羨ましかった。
「それじゃあ二人とも、そろそろ寝なさいね」
私は部屋を出る前に振り向き、云い残す。
「はいはい」
「分かりましたわ」
二人の返事を聞きながら、私は扉を閉める。
素直で良い妹達だ。
私は彼女達を誇りに思える。
「おや・・・・・・相変わらず大変だね・・・・・・」
扉を閉めて袋を抱えなおすと、其処には千影が居た。
「あら、千影。手伝ってくれるの?」
他人事のように千影が云うので、私はわざとそう云った。
「・・・・・・四葉ちゃんの枕元に置いておく役ならば・・・・・・引き受けさせて貰うよ・・・・・・」
私は千影の言葉にちょっと興味のある事を見つけ、私はニヤリと笑う。
「私が四葉ちゃんのベッドに行ったら困る何かでもあるのかしら?」
私がそう云うと、千影が目を逸らしたのを私は見逃さなかった。
「あ・・・・・・いや・・・・・・そうではないんだが・・・・・・」
「だったら私が置いてくるわね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
意地悪く云うと、千影は無言だった。
少し怖い。
怒っている訳ではないと思うのだけれど。
「嘘よ。それじゃあ、お願いするわ。ハイ、此れよろしくね」
「・・・咲耶くん・・・・・・現段階で・・・・・・何人に配り終えたんだい・・・・・・?」
私は四葉ちゃん用のプレゼントを差し出すと、千影は受け取らずに問う。
「え?えっと・・・白雪に亞里亞ちゃんに可憐ちゃん、鈴凛ちゃんに春歌ちゃんに鞠絵ちゃん。六人ね」
私が指を折りながら数えると、千影は私の手に触れ、追加で四本数えさせた。
千影の手はとても温かかった。
「君と私と四葉ちゃん・・・・・・其れに衛くんを抜かせば・・・・・・あとは花穂ちゃんと雛子ちゃんか・・・・・・」
云い終わると、千影は私の手を自分の両手で包んだ。
其処で私は初めて気付いた。
自分の手がかなり冷たくなっていた事。
そして、千影が其れを温めてくれているのだ、と。
嬉しかったが、私はあえて表情には出さなかった。
「そうね。だけど、其れがどうかしたの?」
「ん・・・・・・後は私が引き受けるよ・・・・・・」
「え・・・良いの?」
千影がそう云うのはとても珍しく、私は思わず訊き返した。
「ああ・・・・・・君に少し近付きたくなってね・・・・・・」
そう云った千影は微笑んでいた。
私も千影に近付きたい。
だけど、私は其れを決して口に出さない。
千影もそう云う事は口に出さないだろうから。
「そう・・・ありがとう・・・それじゃあ、私は部屋に戻るわね」
私はお礼を云い、袋の中から花穂ちゃんと雛子ちゃんのプレゼントを取り出し、千影に渡した。
「ああ・・・・・・どういたしまして・・・・・・・・・それでは・・・・・・おやすみ・・・・・・」
受け取ると千影は私に背中を向け、廊下を歩いていく。
「おやすみ、千影」
其れにしても、相変わらず寒そうな格好だ。
千影曰く、冬生まれだから寒いのには強い、らしい。
私も生まれたのは冬だが、寒さに強くはない。
そもそも、三月は冬なのだろうか。
「あ、そう云えば」
如何でも良い事を考えていて、私はある事を忘れていた事に気付く。
「何だい・・・・・・?」
千影は躰は此方に向けず、顔だけ振り向く。
「此れ、貴女へのクリスマスプレゼントよ。忘れるところだったわ」
「ああ・・・・・・ありがとう・・・・・・」
私がプレゼントを差し出すと、千影はやはり躰は此方に向けずに受け取り、再び廊下を歩いていった。
私も部屋に戻ろうと、千影とは反対方向に歩き出した。
「メリークリスマス・・・・・・」
背後から千影がそう云ったのが聞こえた。
ふと時計を見ると、針は丁度二十四時を示していた。
十人にプレゼントを渡し終えた私は、自分の部屋に戻る。
音を立てないように扉を開き、そしてまた音を立てないように閉めた。
寝息が聞こえる。
私のベッドの上。
私の妹。
私の・・・
「衛・・・」
限りなく小さな聲で、名前を呼ぶ。
返事は無い。
そっと歩み寄ると、衛はベッドの、先程私が衛を寝かし付ける為に居た場所まで占領していた。
・・・仕方無いわね・・・
私は微笑みながら溜息を吐いた。
プレゼントを枕元に置く。
私はクローゼットからコートを取り出す。
そしてベッドに寄り掛かって座り、自分の躰に掛ける。
「おやすみ、衛」
来年は何があるだろうか。
また皆で楽しく居られるだろうか。
九人ではなくなって初めての年末。
正確にはまだ数日あるのだけれど。
何も心配しなくて良い。
此の部屋には衛が居る。
此の家には皆が居る。
心配しなくて良い。
そう。
何も・・・
次の日。
私が目を覚ますと、コートの上にプレゼントが置いてあった。
FIN
クリスマスプレゼント用小説其の二。 パーティーのみに視点を当てた話よりも、此方の方が良いかもしれません。 限定公開中は転載可でしたが、現在は不可。 |
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