逢いたい気持ち




洋館の一室に、二人の少女が居た。
一人は光のような黄金の、もう一人は闇のような深紫の髪をしていた。
「気に入らないわね」
「・・・そう・・・・・・」
先程から連呼される黄金の少女の言葉に、深紫の少女は限りなく飽きていた。
が、其処から退散する理由が無いので深紫の少女は頷く。
まだ愚痴を続けるつもりなのかしら、姉くんは・・・
三冊目の本を開きながら、深紫の少女は漏れる溜め息を、可能な限り小さく吐いた。
姉くんの所為で本の内容の一割は頭に入っていないような気がする。
まあ其れは一割分、姉くんの話に興味がある証拠なのだけれど。
「腹が立つわね〜。思い出したくないんだから、わざわざ訊かないで」
「・・・別に・・・・・・訊いてないわよ・・・・・・」
「聞いてよ。またあの娘ったら」
そうして黄金の少女はまたあの館の少女の話をし出す。
・・・姉くんのそういうところのほうが、私にとっては気に入らないよ。
聞いて欲しいなら聞いて欲しいとハッキリ云えば良い。
其れが深紫の少女の言い分だった。
しかし、深紫の少女自身もあまり多くの事は語らない。
此処までは分かり難くしているつもりはないが、黄金の少女と大差が無い事には気付いている。
実際に其れは大した不快感ではないと云う事を、本人は知らない。
其れこそ、今読んでいる本の、抜けた一割程度の内容と同レベル以下でしかない。
彼女にとって最も気に入らないのは、別の事だ。
「昨日のお昼過ぎなのだけれど・・・」
黄金の少女はそんな事は全く気にせず、話をし出した。
・・・戦争、か・・・
深紫の少女は窓から外を眺め、心の中だけでそう呟いた。





「馬鹿ね・・・・・・・・・姉くんは・・・・・・」
話が終わると同時に発せられた深紫の少女の言葉に対し、金色の少女はヒステリックに怒った。
「な、何よっ!何が気に入らないのよ!」
気に入る、気に入らないの問題ではない。
深紫の少女はそう云い掛けたが、火に油である事は分かっていたので止めた。
「此方が訊きたいよ・・・・・・」
溜息。
同時に、深紫の少女は持っている本の最後のページを読み終えた。
「城から抜け出して・・・・・・二人で待ち合わせて・・・・・・買い物をして・・・・・・朝昼兼の食事をして・・・・・・帰ってきた・・・・・・」
「そうよ」
心の底から愛し合っている者達が結婚式で交わす、誓います、の言葉くらいに自然な流れで黄金の少女は返事をした。
何処か誇らしげに。
そんな彼女に溜息を吐く事も出来ず、深紫の少女は頭を抱えた。
「・・・・・・そうよ、じゃないよ・・・・・・」
スッと、目前に掲げられた深紫の少女の指に、黄金の少女は少々警戒する。
「倖せだったでしょ・・・・・・?・・・少なくとも、今よりも・・・・・・」
黄金の少女は肩を竦める。
そして、絶世の美しさだと云われる微笑みを称えた。
「私は今も倖せよ。愚痴聞いてもらって、貴女の顔を見れて」
深紫の少女はそう云った彼女の瞳を見つめた。
「倖せを比べられる訳ないじゃない」
黄金の少女はそう云うが早く、顔をふにゃっとはにかませた。
言葉にして、初めて実感したらしい。
楽しかった、嬉しかった、面白かった、倖せだった、と。
「今も倖せ・・・ね・・・・・・やっぱりそうなんじゃないか・・・・・・・・・」
深紫の少女もつられて微笑む。
倖せが飛び火したのだ。
そして深紫の少女は其れを受け入れた。
「で、でも!」
照れながら、黄金の少女は大きな聲で云った。
「だってあの娘、私とのデートに解れてる服着てきたのよ!」
そう云えば。
先程の話でそう云っていたかもしれない。
食事を摂っていた時に、気が付いた、と。
「でも・・・・・・・・・其れは・・・・・・」
心当たりがあった深紫の少女は無意識に弁解しようとしていた。
其の話が挙がった時点で話そうとしていた事も思い出す。
だが、黄金の少女があまりに楽しそうに熱弁するので、まあ良いかと思っていたのだ。
深紫の少女の顔を覗き込む黄金の少女を、深紫の少女はフフッと笑い、話し出した。





「要するに彼女・・・・・・城から抜け出す時に引っ掛けたんだ・・・・・・」
長い前置きや推測を話し終え、深紫の少女はそう云った。
沈黙。
「・・・何で、知ってるの?」
「見てたから・・・・・・」
沈黙。
「な、何で!?」
黄金の少女は向かいあった椅子から立ち上がり、机の上を跨いで、深紫の少女に詰め寄る。
まるで黄金の少女が深紫の少女を椅子に押し付けたかのように。
傍から見たら、そう勘違いされそうだ。
其の傍は此の屋敷に存在しないが、深紫の少女は冷静にそう思った。
別にそう思われても良い。
そうも考えた。
「城門から走って出てくれば・・・・・・・・・この館から嫌でも見える・・・・・・」
この部屋は四階なので、窓の外は殆どの物が見渡せた。
更に、建物自体が小高い丘の上に立っているので、尚更だ。
「あの馬鹿・・・」
ばれないように出てこいって云ったのに・・・
黄金の少女は頭が痛くなった気がした。
そして窓の外を一瞥し、躰を支える手を左手だけにすると右手で頭を抑え、目を閉じた。
「周りが良く見えてなかったのか・・・・・・彼女は馬車の角に引っ掛けた・・・・・・それ云う事だよ・・・・・・」
深紫の少女がそう云うと、黄金の少女は目を開けた。
そして、目が合うと、微笑んだ。
別に心配していたわけではないし、されたかったわけでもない。
ただお互いの欠けた場所を鑢で削って滑らかにしてあげる。
お互い其れが当然なのだと認識している。
具体的で、理屈的で、ロマンティスト。
だから、現実を話すのが楽しい。
だから。
「ありがとう」
「どういたしまして・・・・・・」





「もう・・・・・・行ってしまうのか・・・・・・」
「ええ、お姫様待たせてるから」
「・・・今度は何時逢える・・・・・・?」
「さあ?けど、暇になったらまた来るわね」
「昼頃は・・・・・・・・・必ず此処に居るから・・・・・・」
「了解。じゃあね♪」
「ああ・・・・・・」
「バイバイ」
「またね・・・・・・」
何気ない会話。
二人の交わした最後の会話。
深紫の少女は自分の館の入口の前で、黄金の少女を見送った。
二回往復した挨拶と共に。





深紫の少女はふと本から顔を上げた。
日がちょうど真上にあった。
・・・今から向かえば、夕方には帰って来れるかな・・・
そう思い本を閉じた後、深紫の少女は栞を挟み忘れた事に気付き、あ、と小さく聲を出して栞を本の上に重ねた。
時間単位で動かさなかった躰を扱うのはかなり辛く面倒だが、今は誰かと話をしたい。
今日の朝からそんな感じだ。
本を読むのに飽きたと云うのもあるだろう。
退屈は隠居の身には辛い物がある。
今頃姉くんは食事中かな・・・
ふとそう思い、深紫の少女は自分が未だ昼食を取っていない事に気付く。
何処かのお店で食べ歩ける物を買おう・・・
深紫の少女の欠点。
楽観的である事。
気付いていながらも、彼女は先程黄金の少女を見送った扉から外へと出た。
彼女もまた、二度と此処に戻って来る事はなかった。





雲行きが怪しくなってきた頃、深紫の少女はとある館に着いた。
「・・・・・・・・・・・・」
無言で玄関を見つめると、ノックなしで開き、館の中に入っていく。
相変わらず目の痛くなる内装だ・・・
深紫の少女は入って直ぐ目に入った大きな国旗を見てそう思った。
溜息を吐き、後ろ手に扉の鍵を閉める。
ガチンと云う音を聞き付けたのか、正面の階段から黒猫と白猫が降りてくる。
「やあ、久し振り・・・」
深紫の少女が屈んで手を差し伸べると、ペロペロと人差し指を二匹一緒に舐める。
彼女等の名前は、黒猫が『ファントム』で白猫が『ナイトメア』。
名前の意味はあまり良くないが、名前を付けた深紫の少女も、此の猫達の飼い主も気に入っていた。
「彼女は・・・?」
深紫の少女が訊くと、突然二匹の猫が深紫の少女から離れ、廊下のとある扉の前まで駆けていく。
其の扉の前に深紫の少女は立ち、扉を二度ノックする。
頭上のシャンデリアが揺れ、館中にある蝋燭の炎も同じく揺らめいた。
「誰?」
「私だ・・・」
帰って来た返事に深紫の少女は短く返事をした。
「入ってください」
そして、促されるままに深紫の少女は扉を開いた。





そして其れは彼女にとって、最後の平和だった。
いや、平和の最後への扉となった。





To be continued...

     

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