簡単な事だけど大切なもの







「まも・・・最近は如何?」

『え?え・・・と、そうだな・・・特に何も無いよ』

「・・・そっか。フフッ、昨日も同じ事訊いたわね」

『あ、そう云えばそうだったね』

携帯電話越しに衛の微笑う聲が聞こえる。

本当は機械を通じてではなくて、直に其の聲を聞きたかった。

だからと云って、逢いたい時に直ぐに会える訳では無い。

「ねえ、まも。次は・・・何時逢える?」

『・・・分からない。で、でもっ、今月中には必ず逢いに行くから・・・』

「・・・ありがとう」

・・・私は今、一番好きな人と離れ離れになっている。

理由は簡単で分かりやすくて、在り来たりなモノだった。

両親が離婚した。

其れだけで、他には何も無い。

お父様とお母様は、私達が物心付いた時から、あまり仲が良くなかった。

少しの事で直ぐに口論になり、やがてお母様が泪を流し、終わる。

其の後は・・・何も無い。

どちらが謝った訳でも無いのに、不自然なまでに何事も無く振る舞う二人。

・・・嫌だった。

一度は愛し合っていた二人が、こんなにも簡単に分かり合えなくなってしまうなんて、信じたくなかった。

両親が揃った日の夕食時の会話は、全て私達に向けられるモノだった。

あえてお互いを無視しているようで、空気が常に張り詰めていた。

決して言葉に悪意が込められている訳ではないが、私は相槌を打つのが精一杯だった。

顔は笑っていても、心は無表情で・・・怖かった。

ただ、衛はお母様にも、お父様にも、全て言葉を返していた。

笑顔を絶やさず、全て答えていた。

ただ雰囲気を感じ取れていないだけだったのか、二人が仲良くなるようにそうしていたのか・・・

今となっては如何でも良い事であり、如何しようも無い事だった。

「ねえ、まも・・・」

『何?』

「私は如何すれば良かったのかな、あの頃・・・」

『ボクには、分からないよ・・・ボクは出来る限り頑張ったけど、でも・・・ダメだった』

やっぱり・・・衛は頑張っていたんだ・・・

お父様は元々平日は仕事ばかりで殆ど家には居なかった。

それでも、休日には衛とキャッチボールなどをして『良い父親』であった。

・・・私は其れが、演じているモノだと信じて疑わなかった。

そして、お母様は愚痴を私達に零す事はしなかった。

だから逆に、無理してまで全てを背負い込んでいるようで、私は可哀想で仕方なかった。

ある日、私は見た。

お母様が一人で泣いているところを・・・

何かしてあげたかった。

でも・・・何も思い付かなかった。

そして・・・そのままの関係が続き、今から二ヶ月後、ついに離婚する事になった。

今は別居の状態で、衛はお父様に。

私はお母様に引き取られている。

離婚したら、そのまま引き取られる事になった。

お父様は実家に戻る事になり、其処は私の住んでいる家とは電車を使わなければならない程遠かった。

「私・・・何もしてあげられなかった事、今になって悔やんでるのよ」

『うん・・・ボクも・・・だよ』

「何方が悪かったのかしら?」

悪いのは、お父様だ。

お母様を悲しませたから、私はそう思っていた。

そうに違いないと思っていた。

でも・・・

『何方も悪くなんて無いよ。ただ・・・』

「ただ・・・?」

『上手く噛み合わなくなっちゃったんだよ。すれちがっちゃったんだ。時計の秒針みたいに・・・』

「ねえ、ちょっと良い?」

『・・・何?』

「私は・・・私はね・・・」

『お父さんの方が悪いって・・・思ってるんでしょ・・・?』

「・・・ええ」

『其れは如何して?』

「お母様を泣かせたから」

私はハッキリと云い切った。

そして、其の後に後悔をした。

衛が電話の向こうで溜息を吐くのが聞こえた。

『お父さんも・・・悩んでたんだよ・・・・・・ボクと遊んでくれてる時、時々哀しそうな顔をするんだ』

「・・・え?」

『それで、ボクが『泣いても良いよ』って云うと、お父さんは『ゴメンな』って云って、泪を流すんだ』

・・・知らなかった。

家で『良い父親』演じていたのは本当だった。

其れは、悪い事では無かった。

お母様と私の前で泪を流さないように、耐えていたんだ。

そう云えば、衛と外に遊びに行くのは、決まってお母様と喧嘩した週末の休日だった。

お母様と喧嘩した事を後悔して、聲を殺して泪を流すお父様の姿を、容易に思い浮かべる事が出来た。

其の事は衛だけが知っていた。

そして、だから衛は何時も二人の仲を取り繕うとしていたんだ、と納得もした。

私は、哀しくて、情けなくて、もどかしくて、泪が出そうになった。

『さくねえ・・・泣いちゃ駄目だよ』

私を諭すように云った衛の聲は・・・震えていた。

多分、衛も私と同じ気持ち。

若しくは、衛の方が辛い。

努力したのに、知っていたのに良い方向に向ける事が出来なかったのだ。

まだ、何も知らずに結末を向かえた私は、良い方なのだろう。

衛が泣くのを堪えているのに、私が泣いてはいけない。

お父様も、お母様も、泪を堪えているんだ。

だから・・・泣いてはいけない・・・

「・・・まも、聞こえる?」

『うん。聞こえてるよ』

「私、明日貴女に逢いに行くわ」

『え!?』

衛の聲から、驚いた顔が頭に浮かんで、少し可笑しかった。

自然と、笑顔になった。

いや、衛の御蔭で笑顔になる事が出来た。

「お母様も、連れていくわ」

『ど、如何して!?』

・・・如何して?

お母様は泣いていた。

お父様も泣いていた。

それぞれが、自分の思い通りに自らを動かす事が出来なかった事を悔やんで。

二人共、お互いを嫌いになった訳では無い。

私は、そう信じたい。

二人が噛み合わなくなった。

衛はそう云った。

ズレがあるのなら、直せば良い。

直せなくても、回り続けていれば、再び噛み合う時がある。

それなら・・・決まっているでしょ?

「二人の仲を戻す為・・・其れだけよ」

『だけどっ・・・!』

「私はもう・・・後悔したくないのよ。出来る事はしたいの」

衛は暫らく黙りこんでしまった。

電話の向こうに衛はもう居ないんじゃないか。

そう思うくらいに、沈黙が長く感じた。

『・・・分かった』

やっと聞こえた衛の聲は何だか疲れているようにも聞こえた。

『明日の・・・何時くらい?』

「お昼頃には着くと思う。だから・・・」

『うん。お父さんと一緒に、駅まで行くよ』

「ありがとう、まも。それじゃ、また明日ね・・・」

『あ、ちょっと待って!』

衛の静止に、私は電源ボタンを押そうとした手を止める。

『さくねえは・・・明日、上手く行くと思ってる?』

「・・・そう、思いたいわね」

『なら・・・良いよ。おやすみ、さくねえ』

「うん・・・」

衛は電話を切った。

暫らくして、ツーツー、と云う音が聞こえてきた。

私は携帯電話の電源ボタンを押し、通話を切断した。

直ぐに部屋を出ると、私はキッチンに居るお母様にさっき衛と話した明日の事を伝えに行く。

不安と希望を抱えながら、衛と再び同じ家に住めるようになるように。

そして、後悔しないように出来る限りの事を尽くす為に・・・











昼過ぎの喫茶店。

食事を取る部活帰りの学生や、男女のカップルや友達。

其れに・・・子供連れの夫婦。

その家族は見ている此方まで倖せになれるような、自然な笑顔で会話をしていて・・・羨ましく思えた。

兎も角、様々な人で込み合っているお店の窓際の席に、私は衛と座っていた。

「今日だけで・・・お母さんとお父さん、如何にかなるのかな・・・」

「分からない・・・けど、難しいでしょうね・・・」

「そう・・・だよね」

衛は溜息を吐いた。

今日だけでも、其れを聞くのは何度目だろう?

恐らく、自分も数え切れない程其れを吐いているに違いない。

お母様とお父様は、一応逢わせる事が出来た。

私は、此の近くのお店でお母様に買ってあげたい物がある。

衛は、駅で何かやるみたいだから見に行こう、と云う理由で其々を此の近くの駅に向かわせる事が出来た。

お母様は少しだけ其の駅に行く事を躊躇っていた。

其れはそうだろう。

其の駅はお父様が今居る家に近い場所にあるからだ。

そんな事は私も知っていた。

だからこそ、其れはお母様がお父様の事をまだ引き摺っているかを試す意味でもあった。

私は・・・ただ夢中に手を伸ばす事しか出来ない。

その指の先に触れるモノが何かなど、分からないけど・・・

其れを精一杯の努力で、倖せに繋がるモノにしたかった。

結局、私とお母様は其の駅まで行ける事になり、上手く二人を引き合わせる事も出来た。

私達は、二人が驚いている内にこのお店まで逃げてきたと云うわけだ。

二人は私達の其の行動で、全て仕組まれていた事だというのは気付いてくれただろう。

「今私達に出来る事は、残念だけど何も無いわ」

お母様は私の携帯の番号を知っていたし、お父様も衛の携帯の番号を知っていた。

其れでも電話が掛かってきていない事を考えると、私達の考えを理解してくれたのだろう。

だから、出来る事は何も無い。

「私達が心配しても何も変わらないわよ。だから・・・私達はデートでもしましょう?」

私は直ぐに二人の結論が出るとは思って居なかったので、そう提案した。

ジッとしていると不安に押し潰されそうだったから、其れから逃げたいと云う気持ちもあった。

「うん・・・でもボク、今はそんな気分にはなれないっぽい・・・」

「それじゃ、この町を案内してくれれば良いわ。時間を潰さなきゃいけないのは同じなんだし・・・」

「それなら・・・うん、良いよ」

デートにしろ、町を案内してもらうにしろ、私にとっては変わらないのだが、衛は後者の方が良いらしい。

多分、デートと云う響きが恥ずかしいのだろう。

衛は何時もそうだった。

一緒に住んでいた時から・・・ずっと。

私は、懐かしさに微笑んだ。

そして、其れが元に戻るように、心の奥底から願った。











あの頃に戻りたい。

幾ら願っても、ボク達はもうお互いの過去には戻れないけど、現在を過去と合うように重ねたい。

今出来る事は無いってさくねえは云ったけど・・・

でも、祈ってるよね。

元の生活に戻れるように、さくねえも祈ってるよね?











ボク達は、ショッピング街のお店を見ながら歩いていた。

特に紹介したいお見せがある訳でもなかったから、片っ端から行く事にした。

さくねえは、品定めするように色々なお店を見ている。

ボクには見慣れた景色になってきてたけど、さくねえは初めてなんだよね。

だから、ボクは少し歩幅を小さくした。

ただ一緒に歩いている事すらも、久し振り。

出来る限り一緒にいたいと云う気持ちの現われでもあるような・・・気がした。











離れていた時、何時でも逢いたい気持ちを抑えられなくて・・・

でも、電話をするのは我慢した。

聲を聞くと、逢いたくなっちゃうから・・・

だから、さくねえと約束した。

電話は一週間に一度だけ、と。

それでも・・・ボクはアルバムなんて開いてしまう。

此れは昔の・・・ただの思い出なんだって自分に云い聞かせながら、留まる事の無い気持ちを逃がす。

写真を撮ったのは、様々な時、様々な場所で・・・でも、どの写真も横で微笑っているのは、貴女。

昔は・・・ずっと一緒に居て欲しいと願った。

そして、今は・・・ただ、逢いたい。

此の気持ちを空へ、何処までも広がる、星の溢れる空へ届けたい。

さくねえも見ているかな?

なんて・・・

知らずに泪が溢れ、知らずに希望を繋げてしまう。

そして、知らずに溢れ出す気持ち。

アルバムの中の貴女の微笑みを抱き締めて、ボクは眠る。

今夜も・・・そして、明日も・・・











如何してだろう・・・今、さくねえが横に居るのが、逆に不思議に思えちゃうよ。

ずっと傍に居た時よりもずっとずっと・・・近くに感じる。

其れって嬉しい事なのかな?

多分、今では嬉しい事。

でも、昨日までは悲しい事。

今の『嬉しい事』が・・・明日も、其の後も続けば良いのに。

前よりも、もっと上手にさくねえの事を好きになれるよ。

だから、もう一度チャンスが欲しい。

ずっと一緒に居られる倖せを感じて居られる時間が欲しい。

そして、永久に其の夢から覚めないで欲しい。











「ねえ・・・」

さくねえが突然立ち止まった。

ボクは少し遅れて足を止め、さくねえの方を振り向いた。

さくねえは顔を顰めて、ボクと目を合わせないようにしていた。

「・・・・・・何でも・・・無いわ・・・」

「さくねえ・・・不安なの?」

「それは・・・ね。当然だと思うけど・・・」

「うん。ボクも、不安だよ・・・もうさくねえと逢えなくなっちゃかも知れないって・・・」

さくねえは、先刻とは反対にボクの目を見つめてきた。

「ねえ、人を好きになるって・・・そんなに簡単に壊れてしまうモノなのかしら?」

「・・・え?」

「ごめんなさい・・・答えられないのは分かってる。でも・・・誰かに聞きたかった。聞いて楽になりたかった」

さくねえはもう一度、ごめんなさい、と云うと、ボクを追い抜いてまた歩き出した。

「・・・答えられるよ」

「え?」

さくねえが振り向く。

長いツインテールも、其の動きを追うように付いてきた。

「ボクは・・・答えられるよ。さくねえの聞きたい事」

困惑したさくねえの顔を、笑顔に戻したいと思った。

さくねえ、先刻誰かに聞いて楽になりたかったっていったよね。

ボクが答える事で楽になってくれるんだったら・・・

「さくねえは・・・ボクの事、大切に思ってくれてる?」

「・・・ええ。それは・・・そうよ。私はまもの事、好きよ」

「うん、ありがとう」

こんな雰囲気でも、好きと云って貰えるのは流石に照れ臭かった。

顔が紅くなるのが分かった。

見られるのが恥ずかしいから、ボクは下を向いて其れを隠した。

でも、今は何時もみたいに照れてどもってる場合じゃない。

さくねえに伝えるんだ。

質問の答えと・・・此の気持ち。

「ボクも・・・さくねえが好きだよ。其れに・・・ボクはボクがさくねえを好きな気持ち、信じてる」

「私も・・・其れだけは譲れない。衛を好きなのは、変わらない・・・信じてる」

「うん・・・だからさ。信じようよ。私達を産んでくれた、二人の事。愛し合っていたお父さんとお母さんの事」


ボクは顔を上げた。

其処で初めて、さくねえも顔を俯かせていた事に気が付いた。

「・・・・・・そう・・・ね・・・」

さくねえも顔を上げた。

「ありがとう、まも・・・」

そう云ったさくねえの表情は、笑顔だった。

ボクは・・・嬉しかった。

離れている時も、一緒に居た昔も、手の届く程近くに居る今、此の瞬間も・・・

さくねえと同じ気持ち、同じ切なさや不安を感じ合う事が出来た。

そして、ボクの伝えたい事が伝わった。

多分ボクは、今が一番倖せ。

でも・・・もっと倖せになれる結末を知っている。

其れは、昔と同じ環境に戻れる事。

あの町で、あの家で、さくねえと、お父さんと、お母さんと、ボクと、一緒に暮らしていた・・・あの時。

今の気持ちを其のままあの頃まで届けて、倖せをもっと感じたい。

もっともっと・・・

倖せを欲張るのはワガママかな?

それなら、ボクはワガママでも良いから・・・倖せを求めるよ。











「お腹空いたわね・・・」

「そう云えば、今日は朝から何も食べてないような気がする」

「朝も食べてないの!?」

「・・・久し振りにさくねえに逢えるって・・・緊張してたんだよ。昨日は眠れなかったし・・・」

「・・・・・・・・・え、ええっと・・・は、恥ずかしい事云わないの。ところで何処か良い場所、ある?」

さくねえは何故か嬉しそうだ。

昔からさくねえはボクのセンスを試すような時は嬉しそうにしている。

何か、それで何時の間にかボクはさくねえの好みに合わせちゃうようになってたんだよね。

「そうだな・・・・・・あ、うん。ボク、良い場所知ってるよ」

さくねえはニッコリと微笑んだ。

「じゃあ、其処に行きましょうか」

ボクの腕に、さくねえが自分の腕を組ませてきた。

案内するのがボクの方だから、当たり前と云えば当たり前だけど、何だか頼られてるっぽくて、嬉しかった。











で、来たのは喫茶店の『・・・・・・』・・・あ、あれ?

え、えっと・・・お店の名前は・・・・・・えーっと・・・・・・・・・忘れた。

兎に角、ボクのお気に入りの喫茶店。

此処には休日に、一人で・・・・・・寂しそうにしているお父さんを誘って良く行く。

お店の壁は四方の内、一つは透明なガラス張りになっている。

昼間にお店の中で食事をしていても、外の明るい雰囲気が感じられるようになっている。

そんなオープンな雰囲気がボクは好きだ。

会話も弾むし、自然に笑える。

だから・・・好きだ。

其れに加えて、夜に来れば星空が見える・・・訳では無い。

他のお店の明かりの所為で星なんて一つも見えない。

けど、ボクは一番星が綺麗に見える場所を知っている。

其処は、此処では無く、さくねえと一緒に住んでいたあの町にある。

ボクとさくねえは一番窓際の席に座った。

先刻も云った通り、其処は壁が無くて一面ガラス張りだ。

ぶっちゃけた話が、外の道からも丸見えで少し恥ずかしい気もする。

けど、道を歩いている人から見たらボク達は如何見られてるのかな?

やっぱり姉妹・・・?友達・・・?・・・・・・カップル・・・なんて、あは・・・あははっ!

まあ、今はさくねえと居るって方が楽しくて、恥ずかしさなんてあまり感じないけど。

さくねえは一通りメニューに目を通して、自分の食べる料理を決めたらしい。

ボクは、此処に来たら殆ど毎回同じ物を頼むんだけど・・・良いじゃないか、美味しいんだから。

でも、今日はさくねえと同じ物を食べたいな、なんて思った。

さくねえがウエイトレスさんに注文をした後、ボクも同じ物を頼んだ。

「同じ物をお願いします、って云えば良かったのに」

ウエイトレスさんが去って行った後、さくねえは苦笑しながらそう云った。

「さくねえと同じ事、云いたかったんだ。云い方も真似してみたよ」

ボクは、少し嘘を吐いてみた。

さくねえが同じ事をボクに対して云ってくれたら、嬉しいなって思ったから。

「全然似てなかった。其れ以前に、真似してた事も気付かなかったわ」

「あはっ、やっぱり?当たり前だよ、本当は真似なんてして無いもん」

・・・だって、さくねえが昔に云ってくれた事、憶えてるから。

『私を目標にしないで、衛は衛のまま、衛の道から逸れないで居れば良いのよ』

「・・・如何したの?」

「・・・ううん、何でもな・・・・・・あっ」

ふと窓の外を眺めたボクは、思わず聲が出てしまう程驚いた。

「え?何?」

さくねえが心配そうにボクの事を見つめる。

「アレ・・・」

ボクは窓の外を指差した。

「あ・・・」

其れを見て、さくねえも少し驚いていた。

窓から見えたのは、お父さんとお母さんが、笑い合いながら歩いていた姿。

二人共、何となくぎこちないけど・・・

少し離れた距離を平行に歩いているのが気になるけど・・・

そして、少し困ったように笑っているけど・・・

多分、ボク達が望んでいる結果に近付いている。

それだけは確実だった。

ボクは無意識に席を立った。

ガタン、と音を立てて、椅子が倒れてしまいそうな程後ろに傾いた。

窓の外の二人はボク達に気付いたようだったので、ボクは手招きをした。

お母さんはボクに向かって微笑むと、お父さんと一緒にお店のドアへと歩み寄ってきた。

横ではさくねえが唖然としていた。

驚きと喜びと困惑と・・・様々な表情が混ざり合ったような、複雑な表情だった。

そして、喫茶店のドアの呼び鈴が、チリンチリン、と音を立てた。

「好きになるのって、壊れるのも簡単だけど、壊れた破片があれば・・・また元に戻れるのね・・・」

さくねえは嬉しそうに、そう呟いた。











「此処に居たのね・・・」

「ごめんね、お母さん、お父さん」

衛は二人が私達の座っている席に近付いてくると、頭を下げて謝った。

「衛、何で謝るの?」

「え・・・だって・・・」

お母様の聲に、衛は再び顔を上げた。

「私は、お前達の御蔭で、無くし掛けていたモノを取り戻す事が出来た、と思っている」

「そう・・・むしろ感謝したいくらいよ」

お父様とお母様が、続けざまに衛に話し掛ける。

当の衛は狼狽の色を見せていた。

「ねえ・・・」

私は痺れを切らせて二人に聲を掛けた。

二人は、私の表情を見て少し、怯えるように驚いていた。

空気が一瞬にして、変わった。

多分、今私の表情は怒っている。

「結局・・・どうなったの?」

其れが訊きたかった。

当人達が・・・いや、私達にも被害があったから、私達も当人だろう。

云い直そう。

問題の根源である二人がずっと辛そうだったから訊けなかった。

ずっと、不安で、不安で、不安で・・・

なのに、今はのうのうと笑顔を見せている。

ふざけないでよ。

人の気も知らないで・・・











ボクは見た。

お父さんも、お母さんも、見た。

哀しそうな顔のさくねえ。

二人は驚いていたけど、ボクには分かる。

ボクもさくねえと同じ気持ち。

さくねえは安心してしまったからこそ、残ってしまった不安を如何処理すれば良いのかを迷っている。

早く結果を云って欲しい。

ボクがさくねえとずっと一緒に暮らす事が出来るのか、否か・・・

「お父さん、お母さん、教えてよ」

ボクはさくねえの後押しするように二人に云った。

二人は顔を見合わせてから暫らくして、やっと口を開いた。

「分かったわ」

お母さんがそう云うと、お父さんは頷いた。

ボクはさくねえの横の椅子に移動し、二人が並んで座れるようにした。

席を移動して、初めて気が付いた。

さくねえが膝の上で硬く手の平を握っていた事。












「さて、何処から話したら良いものか・・・」

お父様は顔を顰めて、考え込もうとした。

「結論から話して」

私は結論が出るまでの時間が掛けられるのが嫌だったので、そう云って釘を刺した。

「そうか・・・」

「ねえ!ボク達、また一緒に暮らせるの!?」

衛が椅子から立ち上がり、テーブルを叩いた。

バンッ、と大きな音が響き、一部の注目がほんの一瞬だけ集まる。

「まも、其れを今から話してもらうのよ。静かに・・・ね?」

衛は渋々と再び椅子に座った。

「・・・どうぞ」

私は、そう云いながら顎を動かして合図した。

「ああ・・・結論は・・・私達は予定通り、離婚する」

「・・・・・・え?」

一瞬・・・いや数秒間、言葉の意味を理解する事が出来なかった。

「な、何で!?」

衛が驚愕の表情で何かを訴えようとしていた。

「そ、そうよっ!」

衛は今にも泣き出しそうだ。

「だけど・・・何で・・・?先刻、笑ってたじゃないか。なのに・・・如何して!?」

「良い区切りだと思ってな・・・」

「区切り・・・?」

私は訝しく思い、訊き返した。

「お互いに、相手を信じ合えなかった償い・・・みたいなものよ」

そう云ったお母様の表情は何故か明るかった。

何処か清々しそうで、心の痞えが取れたような、そんな感じだった。

「何故笑えるの?」

私は訊いた。

黙っていたら、泪が抑えられなくなりそうだった。

「私達はまだ、完全に分かり合う事が出来なかった・・・いえ、分かり合う勇気が無かったのよ」

お母様は顔を逸らしながら、其れでも口元は微笑んでいた。

それは、自嘲の様にも見えた。

「だから、離れてから気付いたんだ。切なさ、と云うモノに・・・」

今度はお父さんが口元にに笑みを浮かべた。

此れも・・・自嘲?

自分の思い通りに行かなかったのに、満足な笑みを見せる二人に、私は困惑した。

「何でもっと早く気付かなかったの?」

「気付いたよ。直ぐに・・・しかし、先刻も云ったように、勇気が無かったんだ」

何となく、分かるような・・・気がする。

勇気が足りないと、きっかけがあっても思い通りには行かない。

逆に、勇気があっても、きっかけが無ければ同じ事だ。

私が頷くと、会話は其処で一旦途切れた。

沈黙が長く感じる。

「私は・・・良い区切りだ、と云ったな」

沈黙を破ったのは、お父様だった。

「・・・ええ」

私は頷いた。

大分、頭も落ち着いてきた。

其れと同時に、希望の光も見えてきたような気がした。

お父様は少し間を置いて、お母様の顔を横目で見てから続きを話し始めた。

「私達は・・・決めたんだ。また、続けるよ。最初から」

「・・・・・・如何云う事?」

「離婚をした後、再婚するんだ。勿論、直ぐにではなく、時間を置いて」

衛が息を吐きながら胸を撫で下ろした。

「なんだ・・・元に・・・・・・戻れるんだね」

私は衛が急に愛しく思えて、頭を撫でた。

自分と同じ気持ちで、自分と一緒に今日の事を話し合った衛。

この結果は二人で導き出した物。

そして、両親の二人にも別の結果として倖せが訪れた。

最も願っていた望みが叶った。

私はホッとするのも束の間、次の疑問が浮かんだ。

「ところで、お父様・・・私達は・・・如何なるの?」

「ああ、お前達が望むのなら、あの家で一緒にお母さんと暮らして良い」

・・・あの家。

昔から私の住んでいる家。

少し前まで衛が住んでいた家。

衛が去っていた家。

そして、衛が戻って来る為の家。

「ほ、本当!?ねえ、さくねえ聞いた!?」

衛は嬉しそうに、私に抱き付いてきた。

「ええ、勿論よ」

お母様は微笑んだ。

其の何の曇りも無い笑顔は、久し振りに見たような気がする。

「咲耶、答えは?」

「勿論!さくねえとまた、一緒に暮らすよ!」

お母様の質問に、私の両腕の中に居る衛が代わりに答えた。

そんな衛を見て、お父様とお母様は聲を出して笑った。

衛も笑っている。

気付いたら私も・・・笑っていた。

私の答えは、勿論、衛と同じモノだった。

「まも、私と・・・ずっと・・・ずっと一緒に暮らしましょう」

「うんっ!」

衛の笑顔。

お父様の笑顔。

お母様の笑顔。

多分、其れは私の倖せの原因。

だから・・・倖せだから、私は笑う。

其れで、倖せを証明する。

後は、お父様があの家に戻って来る決心が付いたら、完全に私達全員が望む倖せが結果となる。

其れは簡単だけど、大切なものだから・・・

だからそれまで、不完全な倖せを満足に行くまで楽しみたい。

この倖せが、今の自分にとって可能な限りの倖せなんだと・・・私は心から信じた。

誰もが時と共に忘れていってしまう、簡単な事だけど、大切なもの。

其れを忘れなければ、更なる倖せが掴めるようになる事を願って・・・私は時が来るのを待つ。

倖せと云う名の、尊く温かい感覚に浸りながら・・・





                                                  FIN

     

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