HYDE&SEEK






目を覚ます。

夢は憶えていない。

其れはいつもの事なのだが。

夢は忘れるために見るのだと誰かが云っていた。

誰だ。

そんな事は夢よりも先に忘れた。

思い出す必要も無いだろう。

世界を開き、躰を起こす。

視界がぼやけてハッキリしない。

棺の蓋を立て掛け、立ち上がる。

此処最近、貧血気味らしい。

扉を開けば光が入ってくる。

其れが原因で眩暈が起こる事は分かっているが、逃れられない。

扉を開く。

目を瞑っても差し込んでくる光は目障りだが、眠気を覚ますには役に立った。

・・・今日はヤケに静かだな・・・

平日の朝は何時でも階段には足音が響き、玄関から人を呼ぶ聲がする筈だ。

別に私が遅く起きたわけでもない。

むしろ何時もよりも早いと云えるだろう。

疑問を下らなく思い、はき捨て、私は階段を降りていった。





「・・・お早う・・・・・・」

頭が未だまともに働かない。

私は眠気には特に弱い。

リビングに誰が居るかすら、確認するのに十秒近く掛かった。

「相変わらず眠そうですのね、千影ちゃん」

そう云ったのは白雪ちゃんだった。

此れを判断するのにも二秒も必要とした。

其の白雪ちゃんが亞里亞ちゃんにアップルパイを食べさせてあげているのだと理解するのにも二秒。

「フフッ・・・・・・君もね・・・・・・昨晩、何かあったのかい・・・?」

・・・近頃、冗談が上手くなったような気がしなくもない。

ただのストレスの発散だと思えば、以前までの嫌悪も無くなる。

人を騙すのは嫌いで、悪乗りするのはもっと嫌いだが、からかうのは大好きだ。

「もうっ、何もしてませんのよっ!ムフン・・・♪」

思い通り、白雪ちゃんの顔は赤く染まった。

亞里亞ちゃんは相変わらず無言でアップルパイを食している。

「そうかい・・・」

「あ、そうそう。朝ご飯はキッチンに人数分用意してありますの。ダイニングで食べてきてくださいな」

私がリビングを見回していると、白雪ちゃんが思い出したように云った。

「ああ・・・・・・・・・ありがとう・・・・・・・・・」

そう云った後、自分で其の言葉が簡単に出て来た事に驚く。

「どういたしまして」

自分自身で驚くほどの変化した私とは違い、白雪ちゃんの笑顔は何時もと変わらなかった。





「あ、千影。お早う。如何したの?」

一人、朝食を摂っていた咲耶くんがフォークとナイフを一旦置き、手の平を見せてヒラヒラと振る。

私は彼女の座っている円卓の隣の席が空いている事に気付いた。

やっと思考が正常に働くようになってきたようだ。

「お早う・・・・・・食事に来た・・・・・・・・・ところで、衛くんは・・・?」

「ジョギング。休みなのに早く起きたから、少し長めに走ってくるんだって」

休み・・・?

ああ、そうか。

今日は確か・・・

いや、それよりも。

「誘われなかったのかい・・・?」

前の疑問よりも今の疑問だ。

私は問うた。

「誘われたわよ。でも、断っちゃった」

あっさりと云う彼女に、少なからず絶句してしまう。

そして、改めて問い直す。

「・・・・・・如何して・・・?」

「春歌ちゃんも一緒に走ってくるらしいから、良いんじゃないかしら、って」

そう云い終えると、突然、咲耶くんは照れたように笑った。

「フフッ、本当は・・・面倒臭かっただけだけどね」

彼女らしい。

理由としては十分だ。

「そうそう。四葉ちゃんから伝言があるのだけれど・・・」

私は眉を顰めた。

聞きたくない単語を聞いてしまった。

不快感が込み上げて来る。

「で・・・?」

短く、訊いた。

ほぼ無意識に。

聞きたくも無く、聞くつもりも無い其れを、何故か。

例え、最も忌むべき物が私の中にある事を自覚したくなかったとしても。

咲耶くんが、笑った。

「聞きたい?」

「無視する理由が無い・・・・・・それに、暇だから・・・・・・聞いてやるだけだ・・・・・・」

こじ付けだ。

違うのだろう?

本当は。

私は左手首を右手で強く握った。





「一体・・・・・・如何云うつもりだ・・・」

天井を見つめながら、彼女に問う。

「簡単な事デス!四葉を探してください!」

受話器を耳から少し離す。

「ヒント其の一!まず、四葉がみんなの家で一番好きなところに行って下さい!」

「・・・嫌だね・・・・・・」

受話器を置いた。

数秒経たず、喧しく電話の受信音が響く。

仕方無しに、再び受話器を持った。

「だから、探してください!」

先程よりももっと耳から受話器を離した。

「嫌だと云っただろう・・・・・・」

再度繰り返し、受話器を置こうとした。

「何でデスか!」

其処からでも聞こえるほどの大声で、彼女は叫んだ。

私は受話器に口を近づけ、云う。

「君の遊びに・・・・・・付き合う暇は無い・・・」

「うぅ・・・」

彼女が電話越しにうめいた。

・・・泣かしたか?

まあ、其れは其れで結構だ。

今後、二度と話し掛けてくれなければ良い。

そうとすら思う。

「第一・・・・・・君の居る場所くらい・・・・・・既に分かっている・・・」

「え?」

私は電話を切った。

試したのだ。

向こうが私を。

ならば試してやるのが礼儀だろう。

何時まで期待を持ち続けていられるかを。

私は笑っていた。

鏡に映った其れは、先ほど見た咲耶くんの其れと、差が見つからなかった。





「探してあげないの?」

リビングへ行くと、白雪ちゃんと亞里亞ちゃんの姿は無かった。

代わりに居たのは、そして私に問い掛けたのは鈴凛ちゃんだ。

「・・・・・・理由が無い」

彼女が何故其れを知っているのかは想像がつく。

だが、彼女が何故私の答えに一瞬嬉しそうにしたのかは分からない。

其の直後に申し訳なさそうにしたのには理解出来たが。

対象が私ではなく、彼女である事も。

「・・・君は・・・・・・」

何故私に探しに行ってほしいのか。

そう問い掛けて止める。

答えに対して如何行動するかを考えるのが面倒だったから。

だが、云い掛けてしまった言葉は彼女に疑問と興味を生ませてしまったようだ。

「何?」

「いや・・・・・・別に・・・・・・」

我ながら、明確ではない否定の返事だと思った。

彼女に云うように、否定の全てを投げ捨てて良いと云うのに。

だからこそ。

私は最近の自分に失望している。

「気になるんでしょう?」

傷に塩を擦り付けるような、鈴凛ちゃんの言葉。

無条件に従いそうになる其の言葉を私は睨みつける。

「だって」

「如何でも・・・・・・良いだろう・・・」

目の前の彼女は息を飲んだ。

しまった。

悔やんだ時には、簡単に表情を戻せた。

「すまないね・・・・・・」

申し訳なさそうな表情を作ろうと思えば、其れは既に表れている。

沈黙。

其の間、鈴凛ちゃんは考え、消した。

「・・・やっぱり、云うね」

ソファに崩していた躰を起こし、正す。

「今も心配なんでしょ?」

「・・・・・・・・・」

否定しろ。

不快になる前に。

そう自分に云い聞かせる。

だが、其れは拒否された。

いや。

それ以外であろうとも、何も出来なかった。

「四葉ちゃんの事」

・・・見つけた。

また、笑う。

内面だけで、いやらしく。

「君は・・・・・・・・・如何なんだい・・・?」

「え?」

「彼女の事が・・・・・・」

言葉をつなげようとし、一瞬躊躇う。

だが、相手が先に直接的に訊いてきたのだ。

同じように問う。

「好きなんだろう・・・?」

「・・・そ・・・それは・・・」

私は笑んでいた。

可笑しくて堪らない。

蟷螂に雄と雌の関係は覆せない。

其れと同じだ。

本能に逆らっている。

悪意無しでそうしたのなら、彼女はゼロだ。

「無い筈の罠に陥った物を・・・・・・誰が採ろうと・・・・・・私には関係が無い・・・」

鈴凛ちゃんは耳障りな音が響くほど、テーブルを強く叩いた。

「罠を張ったのは千影ちゃんでしょ!?」

鈴凛ちゃんの視線に怒りが見え始める。

眉を吊り上げ、私を睨んでいた。

自然と、私の表情が失くなる。

「張ったのは彼女だ・・・・・・勝手に足を絡めながらね・・・・・・」

「何よ!何時も気付かないくせに!自分の気持ちも、他人の気持ちも!」

もう、彼女の表情には怒りしか見えない。

そんな表情を見るのは久し振りだ。

思い出したくない、あの時のようだ。

愚かだったあの頃。

・・・今は?

「気付いているよ・・・・・・彼女の気持ちくらい・・・・・・」

そう云うと、鈴凛ちゃんは一瞬目を丸くすると、歯を食いしばり、眉を顰めた。

私は嫌な気分になり、視線を外す。

「・・・違うよ・・・何で・・・何時も・・・」

震えた聲が、途切れながら聞こえる。

何故?

何故、其処で泣く?

分からないが、分かりたくない。

分かってしまうと、何かが変わるような気がする。

ふと鈴凛ちゃんは顔を上げた。

拳は硬く握られ、視線は真っ直ぐに。

まるで、何かを決意したかのように。

そして其れは、確かにそうなった。

「千影ちゃんだって、四葉ちゃんの事好きなくせに!!」

パキン、と金属音に近い音が聞こえた。

視線を落とすと、テーブルの上に置かれていたカップが欠け、跳ね返った音だと分かった。

視線を戻す前に、扉の閉まる音が聞こえる。

鈴凛ちゃんが部屋を跳び出ていったらしい。

階段を駆け上る足音が聞こえる。

・・・原因は他の誰でもない。

私の、所為だ。

二つとも。

「何を・・・・・・馬鹿な事を・・・・・・」

私は呟いた。

鈴凛ちゃんに。

彼女に。

私に。

私は・・・





何故私は此処に居る?

何故私は歩いている?

何故私はあそこに向かおうとしている?

初めて出逢った。

擦れ違った。

あの、辻へ。





「あ・・・れ・・・・・・?来ないんじゃなかったデスか・・・?」

・・・不快だ。

彼女の聲も。

彼女の瞳も。

彼女の影も。

全てが不快だ。

「ど、如何して?」

「・・・・・・理由が欲しいのか・・・・・・?」

しつこく問いを繰り返す彼女に、逆に問う。

「其れよりも・・・・・・私は君に問いたいよ・・・・・・」

何故、私に付き纏うのかを。

「あ、そ、その・・・」

言葉を失う彼女から顔を逸らす。

不快感は何時の間にか、失望感に変わっていた。

何故私は此処に来たのだろう。

逢いたくも無い人間に逢う為に。

・・・そうだ。

私は鈴凛ちゃんに嫌われたくないから、此処に来たんだ。

そして、断ち切りに来たんだ。

共通する物は無い。

私が断ち切るのは彼女の一方的な姉妹愛。

要らない。

そんなモノ。

「あ、あの・・・千影チャマ」

彼女が私を呼んだ。

不快な呼び方で。

社交事例と自分に思い込ませ、振り向く。

すると、彼女は頭を下げた。

「ありがとうございます・・・ごめんなさい」

・・・試したのは私。

試されたのも、私。

何かが笑い、何かが消えた。

大切な、何か。

「・・・・・・帰るよ・・・」

四葉に背を向け、私は歩み出した。

苦々しい、自分への敗北感を投げ捨てるように。

だが、確かに其れはまだ足元に纏わり付いている事に気付いていながら。

捨てる筈の彼女からの愛情を、捨て切れなかった。

彼女の作り出した空虚の約束を果たしてしまった。

何故。

問いは空しく消える。

答えは誰も教えてくれなかった。

隠れん坊は続いている。

今、此の瞬間まで。





FIN


     

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