Burnin' X'mas






今日は十二月二十四日。

ついでに午後四時ちょっと過ぎ。

日が低くなりはじめた頃、今私の周りは一年に一度の聖なる日を共に過ごすカップルで賑わっていた。

如何して私みたいに誰からも慕われている人間がこの日に限って一人で商店街をうろついて居るのだろう。

理由は一つ。

好きな相手が居ないのだ。

居ればとっくに告白して、一日中デートでもしているだろう。

居ない、と云うのは正確には正しくは無いのだが・・・

兎に角、周りを見れば孤独感が大きくなるので、俯きながらクリスマスツリーの前を通り掛ったその時・・・

「「はぁ・・・」」

男女のカップルが仲睦まじく腕を組んで通り過ぎていく中、小さく聞こえた私以外の人の溜息の音が一つ。

それと私の溜息が丁度良くハモった。

少し驚き、俯いていた顔をそのまま横に向けた。

「あ、咲耶ちゃん」

そう云ったのはツリーの生えている土を囲んでいる大きなレンガ製の鉢に座っていた衛だった。

「衛ちゃん・・・」

自分の表情が苦笑になるのが分かった。

「如何したの?」

別に如何もしないのよ。

言葉にすると寂しさが増す事は請け合いなので、あえて答えない。

「衛こそ、如何したの?花穂ちゃんは?」

同じ質問を訊き返す事で、何とか逃げる。

すると、衛はまいったとでも云うように、困ったような笑みを浮かべた。

「花穂ちゃんは・・・あぅ・・・・・・今日此処で待ち合わせしてたんだけど全然来ないんだ・・・」

表情が時間の経過に連れ、曇っていく。

ついには顔が見えなくなるほど下を向いてしまった。

「フラれたの?」

「そっ、そんな事無いよ!・・・・・・あ、えっと・・・あはは・・・・・・多分・・・だけど・・・」

冗談半分で云ってみたのに、かなり精神的にダメージを受けているようだ。

焦ったように上げた表情は、やはり暗く、瞳が普段よりも潤っていた。

「ねえ・・・まも・・・」

私は、あえてあの頃の呼び方で衛を呼んだ。

まだ花穂ちゃんが衛に告白をする前の頃の・・・

「な・・・なに?咲耶ちゃん・・・」

衛はギクシャクしながら、今の呼び方で返事をした。

それはそうだろう。

あの頃から全く口にしなくなった呼び方で呼ばれたのだから。

勿論、衛はその理由を知っている。

私の気持ちも知っていた。

なのに・・・衛は私よりも花穂ちゃんを選んだ。

別に仕方ないと思っていた。

でも・・・・・・諦めてはいなかった。

衛を好きになって以来、他の人は誰一人興味が沸かなかった。

ラブレターを差し出してきた相手一人一人に態々断りの返事をするのも止めた。

拒否と云う事実よりも、可能性の残された現実で夢を見続けた方が倖せではないか、と。

そして、今私には無くした可能性が、戻って来たような気がした。

「これから私と・・・・・・デート・・・しない?」

「・・・・・・え?」

衛は驚きを隠せずに、目を丸くした。

そして、暫らくしてから初めて気まずそうに私から目を逸らした。

「ど・・・如何して?ボクは・・・花穂ちゃんを・・・」

「でも、来てないんでしょ?何時に約束をしてたの?」

私は衛が誘いを断ろうとするのと、ハッキリ云わない事に痺れを切らし、それを訊いた。

そもそも、悪いのは約束を破った花穂ちゃんだ。

「・・・時・・・分・・・・・・」

「え?」

衛の答えた聲が小さく、聞こえなかったので訊き返す。

「十二時・・・三十分・・・」

「な・・・っ!」

頭が怒りで一瞬にして真っ白になるのが分かった。

「何やってるのよ!?」

気が付けば叫んでいた。

周囲の人間の一部が振り向いたが、構わない。

この問いは、花穂ちゃんに対する物でもあり、衛へ対する物でもあった。

そして衛は答えた。

「・・・分からないよ」

そして、再び私と向き合った衛の表情は・・・微笑っていた。

見ている此方まで悲しくなってしまうような表情で・・・

衛自身が最もそれを感じている筈なのに・・・

それでも・・・微笑っていた。

「分からない・・・って・・・」

「分からないよ・・・・・・ボク・・・馬鹿だから・・・」

衛の痛々しい表情に自嘲と自問が混じり、私は胸の奥から憶えのある感情が込み上げて来た。

小さい頃、二人で拾ってきた子犬が死んでしまった時に衛が云った言葉を聞いた時と同じ感情。

土に埋めてあげようとする私を止め、衛は犬の亡骸をギュッと抱き締めて泣きじゃくっていた。

その犬と離れたくないと云う衛を、私はなんとか説得をした。

やっと了承した衛が代わりに出した条件は、新しい犬を飼わせてほしい、と云う物だった。

ちゃんと名前を付けて可愛がってあげるんだ、と云う衛に私は、それはその子じゃないんだよ、と云った。

すると、衛は微笑った。

今と同じ表情で・・・

『大丈夫だよ。ボク・・・馬鹿だから、この子が死んじゃったなんて・・・すぐに忘れちゃうよ』

そう・・・云った。

そして、次の日に私は衛に子犬を買ってあげた。

それは生命を持たない、ただのぬいぐるみだったけれど・・・

・・・その出来事は何年も前の事なのに・・・良く憶えている。

昔の事を考えていると、躰が無意識に動いていた。

そう・・・あの時と同じように・・・

私は衛を無理矢理立たせ、その顔を自分の胸に埋めさせた。

「衛・・・・・・泣いて良いのよ・・・」

一瞬、顔は見えないが、衛が驚いた事が分かった。

しかし、やがて衛は私を抱き締め返してきてくれた。

「さくねえ・・・ごめん・・・」

その衛の言葉はとても懐かしく、もう聞けない物だと思っていた。

『さくねえ』

昔も・・・私をそう呼ぶのは衛だけだった。

私は自分の頬を熱い物が伝うのを感じながら、抱き締める力を強めた。

そして、喜びの泪と悲しみの泪を互いに持ち合わせた私達は口唇を重ね合う。

私は喜びで悲しみを受け止め、癒してあげる為に。

衛は道に迷っている悲しみを受け止めて貰う為に。

周囲の雑踏は遠くの物となり、私は衛以外には何も無くなった。

全てをぶつけ、全てを受け入れ、私達はこの一瞬だけでも二人で同じ感情に溶け合っていた。

・・・どれ位時間は経ったのだろう。

数秒か、数分か。

それ等の感覚は全て麻痺し、そして理解出来たところで意味は無い。

そして、終わりを告げるように、私の鞄の中で携帯電話がバイブレーションと共に喧しい音を発した。

私は衛から口唇を離し、片手で抱き締めたまま、携帯電話を取り出した。

離れた私と顔を見合わせた衛は微笑った。

私は微笑み返しながら、携帯電話の画面表示も見ずに通話ボタンを押した。

「やあ・・・・・・咲耶くん・・・」

聞こえてきたのは千影の聲だった。

そして、その聲は普段とは異なって何かに怒りをぶつけている様だった。

「・・・如何・・・したの?」

私は不安を憶えながら、それを聞くのを恐れながら、それでも・・・訊き返した。

「・・・・・・・・・花穂ちゃんが・・・」

千影はその後、過去形の動詞を一つだけ云った。

「・・・・・・え?」

意味が理解出来ずに、私は訊き返した。

口元が、引き攣っていた。

電話の向こうから、悔しそうな歯軋りの音が聞こえた。

そして、更に奥では、四葉ちゃんの泣き叫ぶ聲もあった。

それを聞き、私は千影のその意味と驚愕を受け入れた。

「さくねえ、如何したの?」

衛が異変に気が付いたのか、私の服の袖を引っ張った。

しかし、今の私は答えてあげられる余裕すらなかった。

そんな・・・・・・如何して・・・

冗談でしょ?と云いたかった。

しかし、それよりも早く、千影は電話を切った。

それは、先刻聞いた言葉が紛れも無い真実なんだと、私に突きつけてきた。

私の手から、携帯電話が落ちる。

そして、それがレンガ敷きの地面に跳ねる音を消すように、チャペルの鐘が死と別れの音を響かせた。

まだ乾いていない先程の泪の通り道を、再び悲しみがなぞった。

「ねえ・・・さくねえ・・・・・・泣いてないでさぁ・・・・・・教えてよ・・・・・・・・・ねえ・・・っ!」

何か悲しくて大変な出来事が起こった、と受け取ったのか、衛は私に問い続けながら泣き始めた。

塞き止め切れなくなった感情が心の中から溢れ出し、私は聲を出して泣いた。

・・・鐘はまだ鳴り響いていた。










そして今、私は衛と付き合っている。

非難も中傷も、周囲の視線はどんな物でも構わなかった。

逆にそれを自慢として感じている。

愛する事が出来る今を誇りに思っている。

・・・衛はあの日から暫らく、笑ってくれなかった。

しかし、今は昔と変わらずに笑ってくれる。

それは子犬の時と同じで、あの日の事を忘れてしまった訳ではない。

その証拠に・・・

『ボク・・・もう泣かないよ』

衛はそう自分と私に誓っていた。

ただ・・・

たった一日だけ、衛は私に泪を見せる。

それが今日・・・十二月二十四日。

悲しみと云う蝋燭の炎に照らされた、記憶というなの十字架に架せられた日。

その記憶を運んできた始まりと、別れを告げる終わりに、衛は泣く。

今年も衛は私の胸で泣き、やはりあの日と何ら変わらない街にはチャペルの鐘の音が鳴り響く。





FIN


     

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