盲目であるが故の疎外感



愛を同情と錯覚した時。
其の時愛は死んだ。
私と彼女の間からは愛情は消え去り、残ったのは裏切られたと云う思い違いと、強い憎しみ。
殺してしまいたい程の愛情が、其のまま、殺したい程の憎しみに摩り替わった。
爆発的な感情を彼女に向けている事には他ならない。
依存とも云える、彼女に対して己の存在意義を見出そうとする感情。
壊れても構わない。
壊してしまっても構わない。
そうでなければ存在意義が消え去ってしまうから。
盲目的な自分と云う存在が、自己を見失ってしまうから。
自分の存在意義を見出せたのは彼女の所為。
見出してしまったのは彼女の所為
其れを無責任だと感じると同時に、裏切った事への無責任さに憎しみを覚える。
壊れてしまえ。
壊してしまえ。
降り続く雨の旋律が、私の理性を壊していく。
壊す事を望めば良い。
其れが己の存在意義になるのだから。
肉体を。
精神を。
彼女を。
周りの全てを、壊してしまえば良い。
自己も彼女も認識出来なくなる程に、粉々に。
存在意義を知覚出来なくなった時、私の存在意義は無くなるのだ。
其処に辿り着く意味は無い。
其処に至るまでが意味を成すのだから。
私が壊れたら。
彼女を壊したら。
妹達は如何成るだろうか。
泣くだろうか、死ぬだろうか。
だが、生きる意味も死ぬ意味も見出せない者達の聲など、私には届かない。
私の命を賭けた覚悟の前に立ちはだかれる物なんて無い。
私に対して存在意義を賭けられる人間なんて居ない。
もし私を止められる者が現れたとしたなら、其れは他でもない。
彼女だ。
彼女が壊れた時、私は止まるだろう。
死に絶える事で、終えるだろう。
私の歩みは止まらない。
行き着く先は彼女の居場所。
思い出の場所。
愛の記憶が其処に向かわせているのか、引き合わせるのかは分からなかった。
唯、其処に彼女がいるのは分かっていた。
幼い頃に共に遊んだ公園。
彼女は、居た。
私と同じく、傘を差さずに雨に打たれていた。
彼女が私に気付く。
彼女は驚きの表情を浮かべていて、私は其れを睨み付けていた。
どちらも何も云わなかった。
今までならごく自然に交わされる挨拶が、其処には無かった。
其れはもう今まで通りには成らないと云う事を示しているに他ならない。
雨音だけが私と彼女の心情を表していた。
無言が、無音とも云える瞬間が、お互いに問う。
何故、如何して。
そして、何の為に、と。
意味なんて無い。
何処かに消え失せた。
私は彼女から全てを奪う為に此処へ訪れた。
全て、終わらせる為に。
死と云う名の償いを、彼女に。
殺人と云う名の罪を、己に。
彼女が此の先、行き続ける事を私は許す事が出来ないから。
だから、殺す。
しのばせておいたナイフの柄を握り締め、彼女に駆け寄る。
其れは一瞬だった。
私の持ったナイフが彼女の胸を貫く。
そして、彼女の持っていたナイフが、私の喉を貫いた。
私と彼女は折り重なる様に倒れ、其の衝撃に血反吐を吐く。
「はっ・・・あははっ・・・・・・」
彼女は笑った。
顔をくしゃくしゃにして、泣きながら。
「貴女の事、殺したいくらい憎かった・・・裏切られたって思った。死のうって思った」
私は彼女の名前を呼ぼうとする。
だが、まるで肺の中が水で満たされて居るかの様に、聲が出ない。
喉を貫通しているナイフの柄を両手で掴み、私は其れを引き抜く。
激痛と共に大量の鮮血が溢れ出し、彼女を汚した。
「咲耶くん」
自分ではそう呼んだつもりだった。
だが、出てきた聲は聞くに堪えない水音と空気の吐き出される音だった。
此れが、罪か。
私は悔しくて涙を流した。
愛している者の名前も呼ぶ事が出来ない。
彼女を裏切った事への罪。
口内に溜まる血を飲み込む事も出来ず、彼女に吐き掛けてしまう自分を見っとも無く思った。
彼女を汚すのは私の血だけではなかった。
彼女もまた、血を吐き続け、言葉を紡げずに居た。
其れはきっと彼女の罪だったのだろう。
噴水の様に、心臓が脈打つ度に、彼女は何度も血を吐き続けた。
口の中も周りも血みどろにしながら、其れでも彼女は言葉を紡いだ。
「でも・・・・・・最後に一緒になれて、良かった・・・」
そう云った彼女の手の平が、私の額を撫でる。
冷たい筈だった。
雨に打たれ続けていたのだから、温かい訳が無かった。
だが、私は温かいと感じた。
血を失っているからかもしれない。
彼女の泥だらけの手はとても温かかった。
其の瞬間、意識がぐらりと大きく揺れた。
崩れる躰を支える事も出来ず、地面に頬をぶつける。
視界にある彼女の目は、私を追ってはいなかった。
彼女はもう、死んでいた。
私は彼女の頬に手を沿え、彼女の顔を自分へと向ける。
二人分の血と涙にまみれ、泥に汚れた其の顔を、私は綺麗だと思った。
私は瞳を閉じる。
そしてもう二度と、瞼を開く事は無かった。



FIN.


     
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