snow drop



いつも笑顔を見せる君を見ていた。
見てきていた。
おそらく、これからも。
幼き頃、前世での罪の意識に目覚める前。
私と君・・・そして咲耶くんは出逢った。
最初は私と君達がが姉妹の関係だなんて知らなかった。
公園で遊ぶ他の子供をただ眺めていただけの私に、君と咲耶くんが話しかけて来てくれた事を嬉しく思った。
君達は、元々消極的で友達の少なかった私に初めて出来た人間の友達だった。
此の日私が公園に向かったのは偶然では無かった。
私達の事を誰よりもよく知っているあの人の言葉がきっかけだったから。
この時代に生を受けた運命に次いだ二番目の運命。
其れが君達と出逢う事だった。
其れからの日々はとても楽しかった。
独りでいる事が多かった私が、人の温かさを求める様になった。
私は君達に憧れた。
そして、愛し始めた。
少し大きくなって私達は姉妹である事を知った。
私は無意識にそうなのではないかと思い続けていた自分に気が付いた。
やがて私は前世の記憶を思い出し始めた。
物語を読む様に徐々に、指でなぞる様に順序を辿って。
・・・其れから今までずっと、私の記憶の中は前世の罪が蝕んでいた。
其れは私の足枷となり、手枷となっていた。
君達は、人を愛する事を拒絶しながら今生を辿って来た私の光だった。
今も、まだ。



「そう、プレゼント」
衛くんは満面の笑みで、私の問い返しに答える。
十二月。
肌を刺す様な寒さに寒風の吹くある日。
自宅に冬篭りしていた私は衛くんに呼ばれ、彼女の家を訪れた。
「ふむ・・・・・・もうそんな時期か・・・・・・」
私はホットコーヒーを啜りながら、窓の外を見る。
今年は未だ雪が降っていない。
二枚ガラスの向こうに描かれた霜花は雫を零した。
十一月頭の亞里亞ちゃんの誕生日からしばらく、私達姉妹全員が揃う事はほとんど無かった。
十二人十二色な私達は、庭を駆け回る犬の様な娘もいれば、コタツに丸くなる猫の様な娘も少なくはない。
猫の内の一匹は寒さには弱くは無かったが、冬は何時も一人でいた。
其れは別段不思議な事ではなく、姉妹の間では『また』と云われる様な事だった。
何を隠そう、其の猫は私だ。
「千影ちゃん、最近あんまり顔見せないからさ。心配しちゃったよ」
勿論、彼女は犬だ。
心配した、と云いつつ、顔は嬉しそうだ。
いや、心配したからこそ、なのだろうか。
悪い気はしない。
「毎年思ってたんだけど、千影ちゃんって冬嫌いだったりする?」
「いや・・・・・・そんな事は無いよ・・・・・・」
むしろ、好きな方に分類されるのだろう。
冬は色んな事を考えさせてくれる。
年の終わりが近いからか、様々な思い出を浮かび上がらせてくれる。
一人でいるのはそんな時間を楽しんでいるに他ならない。
・・・と、確か前にも話した事がある様な気がする。
もしかしたら衛くん以外の姉妹に、かもしれない。
だから私は其の度に答える。
「そっか・・・なら良かったよ。出掛けたくないのに誘われるのって嫌だろうなって思ってたんだ」
余計な気を遣わせてるのだな。
もう少し私は顔を出した方が良いのかも知れない。
誰かが誘ってくれるから自分から赴かない、と云うのは甘えなのだろうか。
「すまないね・・・・・・」
私が謝ると、衛くんは『うん』と頷いた。
「少し、出掛ける準備をするよ・・・・・・」
私は立ち上がり、化粧台に向かう。
「あ、待って」
そう云うと衛くんは急いでホットココアを飲み干した。
「千影ちゃんが化粧してるところ見てても良い?」
少し考えてから、私は頷く。
衛くんがこんな事を云うのは珍しかった。
きっと、化粧に関して何か思うところがあるのだろう。
「構わないよ・・・・・・」
そう云うと、衛くんは嬉しそうに笑った。



「あれはそう云う意味だったのか・・・・・・」
「あはは・・・ボク、化粧とかしないから何をどう使うのか知らなかったから・・・」
Betty'sの一階にある化粧品店に着くや否や、様々な事を訊ねて来る衛くんを不思議に思った。
が、気付けばなんて事は無い。
衛くんは自分で化粧をした事が無かったのだ。
だが、やはり衛くんが咲耶くんに渡すプレゼントだ。
私が買う物を判断してしまうのは気が引けた。
結局、私が『咲耶くんの化粧で一番好きなところは?』と問うと、衛くんは口紅とマニキュアだと答えた。
彼女にとって女らしさを意識させる化粧と云うのは、一見して化粧だと判断し易い其の二つらしい。
一番と訊いているのに二つ答える辺り、衛くんは欲張りなんだろう。
好きな人に対して欲張りになるのは悪い事じゃない。
私がそう云うと、衛くんはたっぷり一時間は悩んでから薄紅色の口紅とオレンジのマニキュアを購入した。
そうして、今私達はかしのき公園の噴水横のベンチに座っている。
私の手にはBetty'sの、化粧品店と同じ階にあるクレープ屋で買ったクレープがあった。
衛くんも、勿論クレープを持っていた。
甘い物が得意ではない私はツナサラダを、衛くんはブルーベリーチーズケーキを購入した。
代金は衛くんが払ってくれた。
今日付き合ってくれたお礼、らしい。
妹からお礼を貰うのも悪くはない。
そう思った。
誕生日プレゼントと云うのも、日頃お世話になっているお礼、と云う事になるのだろう。
羨ましいものだ。
「・・・ボクさ、千影ちゃんが羨ましいな」
私は一瞬、心の中を読まれたのかと思った。
羨む対象は違えど、同じ事を思っていたのだから。
「羨ましい・・・・・・?」
俯きながら呟いた彼女に私は問い返す。
「さくねえってさ、いっつもボクの前にいるんだ」
そう云った直後、衛くんは自分の言葉に首を横に振って否定した。
「ううん、ボクがさくねえの後ろにいるのかもしれない」
衛くんはクレープを握っていない右腕を水平に翳す。
何も無い空間。
彼女には、其処にはきっと、咲耶くんの姿が見えているのだろう。
そして、其の手をゆっくりと、握り締める。
「・・・だから、さくねえの横にいられる千影ちゃんが羨ましい」
そうか。
私は、衛くんから見て咲耶くんの横に居るのか。
今は。
昔は・・・憧れていた。
前向きに歩く姿は煌々としていた。
とても羨ましかった。
其処に、私は居るのか。
・・・でも。
「私には・・・・・・」
そうは思わない。
私にとって咲耶くんは憧れだったが、そうなりたいと思った事は無かった。
いや、幼い頃は思っていたかもしれない。
其れでも私は私にしか出来ない役割と云う物を知ったから。
だから、咲耶くんの後ろを追い掛ける事は出来なかった。
「彼女と・・・・・・同じ道を歩んでいける衛ちゃんを・・・・・・羨ましく思っているよ・・・」
思いと言葉が交差する。
衛くんは不思議そうな顔をしていた。
其れはそうだろう。
私と衛くんは同じなのだから。
衛くんは咲耶くんの横に居る私を羨ましく思う。
そして、私は咲耶くんと同じ道に居る衛くんを羨ましく思っている。
「よく、分からないや」
衛くんは苦笑する。
私は思わず口元を綻ばす。
「其れで良いんだと・・・・・・思うよ・・・・・・」
分からなくて良いのだろう。
分からないからこそ、自分のみが知る事が出来る物があるのだから。
私の見ている其れは衛くんには見えてなくて。
衛くんの見ている其れは、私には見付ける事は出来ない。
「あれ?」
衛くんはふと、手の平を上に翳す。
其の手には白い物が触れ、透明に溶ける。
「・・・此れは・・・」
「雪、だね」
今年初めての雪。
空を見上げると、天から散らばったかの様に幾つもの雪が降っていた。
「綺麗だね」
衛くんは呟く。
ああ、綺麗だ。
私は口には出さず頷く。
「傘も持ってきてないし・・・そろそろ、帰ろっか」
そう云い、衛くんはクレープの最後の一欠片を口にした。
「そうだね・・・・・・帰ろう」
雪と云うのは、こんなに温かい物だったか。
肌に触れる冷たさは、逆に自分の躰の温もりを自覚させてくれる。
心が満たされる。
自然と表情に微笑みが掲げられる。
私も。
衛くんも。
「行こう」
衛くんは私の手を引く。
隣を見れば見付けられる、衛くん横顔。
其の目は真っ直ぐに前を見つめている。
ああ・・・そう云う事か。
真っ白な雪を髪に飾り、微笑む衛くんは、まるで・・・



FIN.


     
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