ありったけの愛で



遠くに聞こえる賑やかな喧騒。
今宵は星が綺麗だ。
私はテラスから夜空を見上げる。
今日は妹の誕生日。
いつもの様にこの家に集まり、いつもの様にパーティーを開く。
其れは私達の行事の様な物。
とても、とても、倖せな日だ。
其の倖せな日が、今年から一年に三度も増える事になった。
君が来てからもう四ヶ月になるか。
人を愛するには、十分な時間だ。
一目見る瞬間さえあれば、人は人に恋を出来るのだから。
私は愚かだった。
愛なんていらない。
大切な二人を守れるなら。
そう思っていた。
でも。
私には守りたい家族がどんどん増えていった。
まったく、おかしな話だ。
今までこんな事は無かったよ。
この私が世界の平和を願うなんてね。
自分とあの人さえいれば良いと思っていた頃の私と比べたら、大層な違いだ。
世界。
私の手の届く世界。
其処さえ守れるなら、私はどんな事でもしよう。
・・・いけない。
私はもう、一人じゃない。
十二人で守れば良いんだ。
気負う事は無い。
一人だけでは決して守れやしないのだから。
そうだろう?咲耶くん。
「千影チャマ」
いつからだったか。
振り返れば其処には大切な妹がいた。
「やあ・・・・・・四葉くん・・・・・・」
名前を呼ばれ、彼女はにっこりと笑んだ。
手を胸の前で組みながら、恥ずかしそうにテラスへと足を踏み入れる。
「少し一緒に居ても良いデスか?」
私の顔を見つめる彼女の視線から逃れる様に、私は空へと視線を戻した。
空は相変わらず快晴。
星々が煌めき、其れを月が纏っている。
「ああ、勿論・・・・・・」
彼女が私の横へ小さく駆けた。
髪が風に靡き、シャンプーの良い匂いがする。
胸が苦しい。
今直ぐにでも彼女を抱き締めたい様な、寂しさとは違う例え様の無い感情。
理性が崩れそうになる。
「でも、良いのかい・・・・・・?今日のパーティーは・・・・・・君が主役だろう・・・?」
私は取り繕う様に言葉を発した。
「はいっ、ついでに千影チャマを呼んでくる様にも云われましたから!」
・・・咲耶くんか。
相変わらずお節介焼きだ。
まあ、悪い気はしない。
「其れで・・・何か話でもあるのかい・・・・・・?」
「あ、はい。訊きたい事がいくつか」
彼女は何処から取り出したのか、メモ帳と万年筆、そして何故か虫眼鏡を手にしていた。
流石は探偵見習い・・・と云ったところか。
思えば、彼女に心惹かれる前は彼女の好奇心が鬱陶しかったな。
見られたくないところまで見付けられてしまいそうで。
あの頃の私は本当に、臆病だった。
本当は寂しがり屋な、あの頃の・・・ちかのままなのに。
強がって一人になろうとした。
其れでも心の奥底ではあの二人がいる事が支えになっていたんだ。
「何でも訊いてくれて良いよ・・・・・・ただし、其れが今年の誕生日プレゼントだけどね・・・・・・」
私は意地悪に笑った。
「あぅ・・・其れは困ります・・・」
彼女は迷う様に、メモ帳の上で万年筆をフラフラと走らせた。
そんな彼女の様子を見て、私は思わず声を出して笑う。
「フフッ・・・・・・冗談だよ・・・・・・」
からかわれた事に気付き、彼女は頬を膨らませた。
嗚呼、だから君は愛らしい。
私は彼女の髪を撫でた。
「え、えっと!初恋はいつでしたか!?」
顔を真っ赤にした彼女は、照れ隠しの様に私に問う。
初恋、か・・・
「君が教えてくれたら・・・・・・私も教えるよ・・・・・・」
「ふぇっ!?」
彼女は大きな目を見開いて、硬直した。
こんな冗談を云うようになったのも、誰かさんの影響かな・・・
「四葉の初恋は・・・」
小さな声で始まり、其れはどんどんと小さくなっていく。
其れでも聞こえた。
『千影チャマと初めて逢った時に』
・・・そうだったのか。
知らなかった。
いや、知ろうとしていなかった。
私は何も。
私の中で、彼女を知りたいと云う感情が急激に大きくなるのを感じる。
俯き、前髪で顔を隠した彼女を、私は抱き締めた。
「ちか・・・」
「君の事・・・・・・もっと教えてもらっても良いかい・・・・・・?」
私の名前を呼ぼうとした彼女の言葉を遮り、私は想いを口にした。
あの匂いが、私の腕の中に居る。
私が知っているのは彼女の香りだけなのか?
違う。
だけど、もっと知りたくて知りたくて仕方が無い。
そうか。
彼女も同じ気持ちだったのか。
だから私を探偵の様に調べたりしていたのか。
其れを私は・・・
知らないと云う事は・・・知ろうとしない事は何と愚かな事だったのだろう。
「はい・・・四葉の事で良ければ何でも・・・・・・あっ、でも千影チャマもちゃんと教えてください!」
焦った様に早口で、私の腕の中で躰を捩じらせながら彼女は云う。
上目遣いで彼女は私の顔を見つめる。
私は、微笑む。
今までと違う微笑み。
新しい感情。
新しい愛が始まったのか。
もしかしたら、此れが初恋なのかもしれない。
・・・まさか、な。
「ありがとう、四葉くん・・・・・・」
私の言葉に、彼女はまた俯いた。
躰を弱く抱き返される。
私の胸に顔を埋め、くぐもった声で彼女は云った。
「誕生日プレゼントが欲しいんデス・・・『四葉ちゃん』って、呼んで欲しいんデス・・・」
私は驚いた。
他の妹達には『ちゃん』を付けて呼んでいたのに。
何故彼女には・・・四葉ちゃんにはそうでなかったのだろう。
「四葉ちゃん・・・・・・」
そう口にした時、何かが変わった気がした。
愛でもなく、恋でもなく。
勿論、四葉ちゃんの事は愛している。
でもそう云った感情とは全く別の何かが、繋がった。
其れは・・・絆、とでも呼べば良いのだろうか。
いや、呼び方なんて関係ないか。
四葉ちゃんが私にとって更に大切な人になった。
其れだけが確かな事実なのだから。
この絆を通じて、改めてこの言葉を君にあげたい。
「誕生日おめでとう・・・・・・四葉ちゃん・・・・・・」



FIN.


     
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