Mysterious



眠れない夜。
棺の蓋に腰掛けながら、窓から差し込む月光に手を翳し、其処に生まれた闇を見つめる。
私が手を下ろさなければ闇は其処に在り続け、下ろせば其処からは失くなる。
彼女の顔を見れないだけで、こんなにも胸を締め付けられるとは、ね・・・
今私に注ぐのは恐らく、闇。
光など知らなければ、此れを闇だと思う事すら、忘れていただろう。
習慣とは恐ろしい。
本質的には同じ筈の日常が其の名を変えるだけで、掛け替えの無い物となっていくのだから。
溺れる、とは良く云ったものだ。
まさに私は彼女に溺れているのだろう。
唯、逃れられないのではない。
逃れたくない。
そして、逃れられたくない。
胸を締め付ける刹那さにさえ、悦びを覚えている私が居る。
だが、同時に苦しんでいる私が居るのも事実だが。
私とて悲恋を好んでいる訳では無いだろう。
しかし、限り無く悲恋に近い恋愛を求めている感を拭えないのもまた真実。
少女向け恋愛小説ではないが、多少の駆け引きを弄びながら、悲劇のヒロインを演じたいのだろう。
多からず少なからず、だ。
今の私は彼女・・・四葉ちゃんを強く求めている。
彼女の顔を、聲を、眠りの中まで持ち去りたいと思っている。
ならば、簡単だ。
彼女の部屋へ行けば良い。
そうすれば彼女に逢う事が出来る。
だが其れをしないのは、彼女に逢う事を願いつつ、自分からは赴かない事を求めているのだろう。
即ち、単に逢うよりも可能性の低い筈の、彼女から逢いに来ると云う行動を求める拘りがあるからだ。
何故そんな拘りを私は持っているのだろうか。
我乍ら下らないと思う。
苦しみに想いを馳せるのが他でもない私自身なのであれば、同性を愛したのも刹那さを願った故?
家族の内の一人である彼女に愛と云う名の白羽が立ったのも、其れ故だと云うのか。
自虐的に皮肉を想っても、答えは見えない。
出逢った瞬間から、私の心が彼女に魅せられている事には、気が付いていた。
この感情は初めてではない。
だが未だに分からないのは、惹かれている理由。
運命、としか形容出来ない自分を、憎んだ。
今までは其れで納得していた・・・否、納得出来ていた筈なのに、何故だ、と。
とんとん。
扉が叩かれる音に反応し、私は伏せていた瞳を其方へ向ける。
其の向こうに居る人物が誰か、私には分かっている。
「四葉ちゃん・・・・・・如何したんだい・・・・・・?」
扉が開き、四葉ちゃんは姿を見せる。
私の口の両端は無意識に吊り上がっていた。
「千影チャマ・・・何だか眠れなくて、其れで何となく来ちゃいました」
彼女は未だやや子供っぽさの残るデザインのパジャマに身を包み、クマのぬいぐるみを抱いていた。
「何となく、ね・・・・・・来たくて来たんじゃないのかい・・・・・・?」
「勿論、千影チャマに逢いたかったから来たんデスよ」
そう云った四葉ちゃんに私は微笑み、手招きする。
すると彼女は首をかしげ、棺に腰掛けている私に近寄ってくる。
私の目の前で止まろうとする彼女の意に反し、私は歩いてきた勢いのまま、彼女を抱き締めた。
「あ・・・ぅ・・・千影チャマ・・・?」
少し困った様子で私の横顔を見つめる彼女の耳元で、私は囁く様に言葉を紡ぐ。
「そうか・・・・・・其れは良かった・・・・・・」
其れは安堵でもあり、暗示でもあった。
彼女を安心させる為の、暗示。
今なら・・・
今なら、咲耶くんのあの表情の意味が分かる。
倖せなのに、云い様の無い漠然とした悲しみ、不安。
誰もが抱き得る感情。
だからこそ、私は其れを振り払わなければならない。
振り払ってあげなければならない。
「眠れないのなら、横になると良い・・・・・・私の棺を使って良いよ・・・・・・」
四葉ちゃんを両腕から解放し、私は立ち上がり、棺の蓋を開ける。
「でも、四葉が寝たら千影チャマが・・・」
「いや・・・・・・私は眠れない以前に眠くないのでね・・・・・・」
しかし、四葉ちゃんは納得いかないような表情で少し俯いていた。
彼女の顔に笑顔を灯したくて、私は自然な微笑みを彼女に見せる。
「心配しなくて良いよ・・・・・・蓋は開けたままにしてあげるから・・・・・・ほら、横になるんだ・・・・・・」
棺の内側の布をなぞりながら其処に誘う様に聲をかけると、四葉ちゃんはしぶしぶと云った様子で棺に収まる。
「千影チャマ・・・今夜一晩傍に居てくれますか?」
「ああ、勿論だよ・・・・・・」
其れは私自身も望んでいる事。
むしろ、私は一晩だけなんて満足出来ない。
いや、おそらく永遠に・・・満足なんて訪れない。
此の感情は貪欲で、満たされる事なんて無いのだから。
「さあ、暫し現にお別れだよ・・・・・・」
私は四葉ちゃんの瞳を手の平で覆い、閉じさせる。
別れ。
いつか私達にも別れが訪れて、そして朽ち果てて逝くのだろう。
でも私は、ずっと・・・
「ずっと傍にいてあげるから・・・・・・其の時まで・・・・・・」
見続けてあげるから。
守り続けてあげるから。
知り続けてあげるから。
だから・・・
「おやすみ・・・・・・」
「はい、おやすみなさいデス、千影チャマ」
彼女はそう云った後に一つ大きなあくびをすると左手で覆い、其れが収まると其の手で私の左手を握った。
暫く浮かべてた笑顔は、やがて静かな寝顔へと変わる。
深く・・・深く愛したいのに。
愛し合える事なら愛し合いたいのに。
失う不安や訪れるであろう悲しみへと、愛情は名を変えていってしまうのだろう。
謎めいた自分自身の心と、愛と云う名の感情が鬩ぎ合う。
月の光が、この感情の正体を暴いてくれれば・・・
光と影を生み出す様に、ハッキリと其の姿を照らし出してくれれば、幾分楽になれるものか。
そう想ってから、私は自嘲した。
自分の中に在る物を、自分では無い何かが探り出したとしても、其れは本質の影に他ならないのだろう。
・・・唯。
この感情は、彼女が其の存在を知り、突き止めたのなら、彼女の推理に沿った物に姿を変えるかも知れないな。
今の姿の正体を知り得るのは私だけであり、其の姿を別の物へとすり替えられるのは彼女だけ、か。
愛情が彼女を堕とすのが先か・・・
愛情に私が堕ちるのが先か・・・
溺れながら、変わりゆく時を楽しむのも、一興だな。
眠りに落ちた彼女の頭から頬にかけてを撫で、私はそっと瞳を閉じる。
今日と云う日が、また少し私を堕とした事を感じながら・・・



Fin.


     
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