2月22日 |
衝動 -impulse- |
「ボクさ・・・ずっと前から、千影ちゃんに出逢ってた気がするんだ・・・」 教会の前で、衛ちゃんは唐突にそう云った。 私は言葉を返せなかった。 一年以上前に捨てた筈の物が甦ってくるのを抑えるので、精一杯だった。 遡る事一時間前。 私達十二人の姉妹が住んでいる屋敷にて。 私達は食事の間でパーティーの準備をしていた。 此の部屋にいるのは、私と四葉ちゃん、咲耶くんと可憐ちゃん、衛くんと花穂ちゃんの六人。 私と四葉ちゃんはグラス、咲耶くんと可憐ちゃんはお皿を並べている。 そして、衛くんと花穂ちゃんは其の両脇に其々フォークとスプーンを並べていた。 花穂ちゃんが四度目にスプーンを落としたのと同時に、白雪ちゃんがキッチンから顔を覗かせた。 「あの、申し訳ないんですけど、誰か買出しに行って・・・」 「あっ、ボク行くよ」 白雪ちゃんの言葉が終わるに、衛くんが即挙手して立候補した。 「ダメ」 私の席に食器を置き終えた咲耶くんは衛くんの方も向かずに、無下に否定する。 「さ、咲耶ちゃん・・・」 咲耶くんの横に居た可憐ちゃんは、あまりに素早い否定に苦笑する。 気が付けば、花穂ちゃんも可憐ちゃんの横に居た。 「何で!」 当然な反論の筈だが、何故か新鮮に感じる。 よくよく考えると、咲耶くんに反論出来るのは私か衛くんだけだろう。 「じゃあ・・・行ってくれる人が決まりましたら、キッチンまで来てくださいですの」 長くなるのが分かったのか、そう云い残して白雪ちゃんはキッチンへと戻っていった。 口元を微笑ませながら。 「夜に一人で出歩くのは禁止って約束したでしょ?」 「超過保護デスね・・・」 咲耶くんの発言に、グラスを並べていた四葉ちゃんは作業を一時休止し、ボソッと呟く。 「大切な人には・・・・・・そうなるものだろう・・・・・・」 「そう云うものデスか・・・」 四葉ちゃんは私の答えが思っていたよりも素っ気無く思ったのか、不満足そうにグラス並べを再開した。 私も同じようにグラスを並べ始める。 「私だって・・・・・・愛している君は危ない目に・・・・・・」 ―――――ガシャーン! 遭わせたくない、と云おうとした時、突然大きな音が響いた。 唐突だったので流石の私も少し驚きながら、私は音のした方を見た。 ・・・四葉ちゃんの足元で、グラスが一つ割れている。 四葉ちゃんに視線を向けると、顔が真っ赤になっていた。 「ほっ、本当デスか!?・・・じゃ、じゃなくって、大丈夫デスか!?あ、あれ?違っ、ごっ、ごめんなさいデス!」 私はそっと、四葉ちゃんに抱えている一つのグラスと、私の持っている二つのグラスをテーブルの上に置く。 四葉ちゃんの其の反応を見ながら、私は自分が微笑んでいた事に気付く。 其れでも、私は自分の表情を隠さなかった。 「本当だよ・・・・・・君にだけは・・・・・・・・・私は決して嘘は吐かない・・・・・・」 割れたグラスの破片を拾いながら、私はこれからも其の言葉を守ると自分に誓った。 嘘を吐き続けていた過去を消したいが為に。 視線を上げると、四葉ちゃんの瞳が潤んできていた。 彼女の泣き顔を見るのは嫌ではないが困るので、私は彼女の頭を優しく撫でた。 「う、嬉しいデス・・・・」 四葉ちゃんが一旦落ち着いたので、私は咲耶くん達の様子を見る。 「・・・じゃあ、お姉ちゃんと一緒に行けば良いんでしょ・・・?」 如何やら、話は纏まったらしい。 四葉ちゃんとの会話の間、咲耶くん達がどんな会話をしていたのかが全く耳に入っていなかったので過程は分からないが。 「先刻から云ってるじゃない・・・じゃあ、千影行ってくれる?」 咲耶くんは部屋を見渡し、そう云った。 今此の部屋に居る、衛くんよりも年上は咲耶くんと私の二人だ。 「私は・・・・・・別に構わないよ・・・・・・」 「さくねえはダメなの?」 「私はまだやらなければならない事が残ってるから・・・ごめんなさい」 咲耶くんは頷くように小さく、頭を下げた。 「そっか・・・じゃあ行こう、千影ちゃん」 「・・・ああ・・・・・・」 私の腕に自分の腕を絡ませてきた衛くんに、私は何か物足りなさを感じた。 ・・・四葉ちゃんが同じ事をする時には確かにある、何かが。 「いってらっしゃいデス」 扉を閉める直前、背後から四葉ちゃんの聲がした。 扉は静かに閉まった。 食事の間を出た私と衛くんは買う物を訊く為、キッチンへ行った。 今日の料理担当は白雪ちゃんと春歌ちゃんと鞠絵ちゃん。 そして、白雪ちゃんが居るべきキッチンと云う事は・・・ 「あ、千影ちゃんと兄や・・・」 扉を開けると予想通り、亞里亞ちゃんも居た。 「・・・衛くん・・・・・・まだ亞里亞ちゃんに・・・・・・そう呼ばれていたんだね・・・・・・」 「あ、あはは・・・」 亞里亞ちゃんの役割は、味見係。 白雪ちゃん曰く、とっても重要な役割、だそうだ。 亞里亞ちゃんは苦笑する衛くんの腰に抱きつき、私の手を握った。 「え、ほ、ほら、あ、亞里亞ちゃんは、し、白雪ちゃんが、ね、ねえ・・・?」 兄やこと衛くんは突発的な亞里亞ちゃんの扱いが苦手らしく、かなり困っている。 と云うよりも、動揺している。 彼女の場合、基本的には扱う側ではなく扱われる側なのだろう。 「おや・・・・・・白雪ちゃんは何処だい・・・・・・?」 白雪ちゃんの名前が出て、其の場に白雪ちゃんが居ない事に気付く。 そんな衛ちゃんを横目に、私はコンロの前に居る鞠絵ちゃんと春歌ちゃんに問う。 「白雪ちゃんなら、何か探しに行かれましたわ」 春歌ちゃんはキッチンの扉を見ながら云った。 「やーんっ!やっぱりー、ですのー!」 タイミング良く、白雪ちゃんの叫びと廊下を走ってくる音が聞こえた。 そして、待っていたかのように、亞里亞ちゃんは衛くんから離れ、キッチンの扉の方へ小走りで近寄っていく。 亞里亞ちゃんが自分から離れてくれたので、衛くんはほっと胸を撫で下ろした。 そして、数秒後、扉が開かれた。 「ごめんなさいですの、春歌ちゃん!」 白雪ちゃんは入ってくると同時に、春歌ちゃんに大きく頭を下げ、謝る。 「ど、どうしたんですか?」 春歌ちゃんは何で謝られているのか分かっていない様子だ。 其れよりも私は、亞里亞ちゃんが白雪ちゃんに抱きつきに行ったのと、白雪ちゃんが其れを受け止められた事に驚いた。 「やっぱり、春歌ちゃんのエプロン、洗濯中でしたのー!」 ああ、通りで・・・ 春歌ちゃんが和服の上に着けているエプロンは、正直違和感を感じる。 だから何だと思わなくも無いが、普段からエプロンを使用している白雪ちゃんにとっては重要なのだろうか。 例え其れが他人の物でも。 ・・・いや、他人の物だからこそ、だろうか・・・・・・ 「でも、エプロンは咲耶ちゃんから借りる事が出来たのですから・・・」 「其れでも、ごめんなさいですの」 「ごめんなさいですの・・・」 改めて謝る白雪ちゃんの言葉を、亞里亞ちゃんが復唱した。 困り果てた春歌ちゃんは、私の方にチラッと視線を移す。 瞳が助けを求めていたので、頷いてあげた。 「そ、其れよりも・・・先程から千影ちゃんと衛ちゃんが白雪ちゃんの事をお待ちですわ」 「え?あ、はい、なんですの?」 私達には気付いていたようだったが、自分が先刻何を云い残したのか、忘れているようだ。 「買出し、ボク達が行くことになったんだけど、何を買ってくれば良いの?」 衛くんがそう云うと、白雪ちゃんはポンと手を打った。 また、亞里亞ちゃんも其れを真似をした。 「そうでしたの。お塩とお醤油。出来ればアルミホイルとプラスチックの楊枝・・・と、」 「お、多くない?」 衛くんはメモをとりながら問う。 「如何してこんなに足りないの?」 「此の家の調味料が少なくなっていたの、忘れてたんですの。姫のお家のと勘違いしてて・・・」 云いながら、白雪ちゃんの聲は小さくなっていった。 「だ、大丈夫だよ。誰も責めてないからっ」 「衛ちゃん、ありがとうですの。優しいんですのね」 またもや照れる衛くんを横目に、私は鞠絵ちゃんに話し掛けた。 「体調は良さそうだね・・・・・・」 「ええ、お蔭様で」 鞠絵ちゃんは微笑む。 私は微笑み返し、再び衛くんを見た。 まだ白雪ちゃんから何を買出しに行くかを訊いている途中らしい。 「あと、出来るだけ新鮮な七面鳥」 「七面鳥!?生きてるの!?」 「違いますの。仕込み済みのでお願いしますの。生きてるのの訳ないですの」 少し笑いながら白雪ちゃんはそう云ったが、吊られて笑う衛くんの表情は苦笑だった。 白雪ちゃんならありえるかもしれない、と思っているのだろう。 「以上ですの。ご確認は?」 「結構だ・・・・・・ちゃんと憶えたよ・・・・・・」 衛くんの表情から其れを読み取り、代わりに云う。 「じゃあ千影ちゃん、そろそろ行こう」 「ああ・・・・・・それでは・・・・・・また、ね・・・・・・」 衛くんに急かされながら、私は四人に小さく手を振った。 ふと。 十二、二十三。 そんな数字が目に入った。 「・・・おや・・・・・・」 其れは廊下の壁に貼ってある日めくりカレンダーの物だ。 四葉ちゃんが帰国してきた其の日に貼ったらしく、随分前から此処にあった。 捲り忘れか・・・・・・ 私は日捲りカレンダーの一枚を破った。 下から現れたのは、当たり前のように『十二月二十四日』 クリスマスの前夜祭。 今年も残り少ないな・・・ 数枚の残りを見ながら、そう思った。 「千影ちゃーんっ!早くー!」 「ああ・・・・・・」 玄関から大きな聲で私の名前を呼ぶ衛くんに、私はいつも通りの聲の大きさで返す。 衛くんにはちゃんと聞こえている事を承知している上でだ。 そして、私は少し急いで玄関まで行った。 其の時・・・ 『さくねえはダメなの?』 リビングにて、衛くんの口から出た言葉が、頭の中で再度繰り返された。 今更じゃないか・・・ 私は何を・・・ 買い物は直ぐに終わった。 時間はあまり経過していないのに、外は蒼くなっていた。 「あ、此方から帰ろう」 衛くんは来た道とは違う道を指差す。 「寄り道してると・・・・・・咲耶くんに怒られるよ・・・・・・」 「うん・・・だけど、ちょっと千影ちゃんに見せたい場所があるんだ」 私に見せたい場所。 其の言葉に惹かれ、私は頷く。 「分かったよ・・・・・・咲耶くんには秘密にしておこう・・・・・・」 私がそう云うと、衛ちゃんはとても可愛らしく微笑った。 「じゃあ、此方だよ」 衛くんに手を引かれ、私は走り出す。 『分かったよ・・・・・・咲耶くんには秘密にしておこう・・・・・・』 衛くんの、咲耶くんが知らない時間を知っている。 其れはとても、嬉しい事。 「ほら、見て見て!」 白並木学園の校門が見えると、突然衛くんは手を離し、駆け出した。 そして、閉まっている校門を素通りする。 私は彼女を目で追った。 「・・・チャペルだね・・・・・・」 私は白並木学園に通っている訳ではないので此の道はあまり通らないが、チャペルがある事は知っていた。 彼女も若草学院に通っているが、放課後に咲耶ちゃんを迎えに行く為、白並木学園に来る事は良くあるのだろう。 「綺麗だよね」 感嘆する彼女こそ、綺麗だった。 教会のイルミネーション等、如何でも良い。 今は彼女を見ていたかった。 「そうだね・・・・・・」 私は首に掛けているクロスを握った。 諦めた筈だろう・・・ 何を今更・・・ 私は・・・ 私が愛しているのは・・・ 「ボクさ・・・ずっと前から、千影ちゃんに出逢ってた気がするんだ・・・」 其れは突然だった。 まるで酸素が無くなったかのように、聲が出なかった。 数秒間、思考も全く働かなかった。 何故? そう訊き返す事も出来ず、心の奥で納得していた。 「ごめん、変な事云っちゃったね」 「・・・・・・いや・・・」 何を云えば良い。 云わないのか? 云えば、壊してしまうだろう。 イッテハイケナイ。 イウコトハユルサレナイ。 「帰ろっか・・・」 抱き締めたい。 口付けを交わしたい。 知りたい。 照れる顔も。 笑う顔も。 喜ぶ顔も。 驚く顔も。 恐れる顔も。 怒る姿も。 悶える顔も。 淫らな顔も。 全てを見たい。 愛したい。 君を愛したい。 私のモノにしたい。 止まらない衝動。 止めなければ行けない、衝動。 「・・・・・・ああ・・・」 それでも私は頷いた。 其れで良い。 今は其れで良い。 決して壊してはいけない。 倖せを、壊さないでくれ。 再び私は衛くんに手を引かれる。 数歩歩くと、衛くんは立ち止まった。 「あ、そうだ。ちょっと待って」 衛くんはそう云うと、チャペルへ振り返った。 「メリークリスマス」 そう云い、彼女が切った十字が逆十字である事を、私は分かりながらも云わなかった。 今の私には掌の温もりだけで充分だ。 私は君を守るよ。 君の倖せを守り続けるよ。 他の誰でもなく、君だけに誓おう。 「じゃ、そろそろ行こっか」 「・・・ああ・・・・・・」 衛くんは私の手を握った。 私は衛くんの横顔を見つめたが、如何やら本人は無意識でしたらしい。 無意識が嬉しいよ。 胸が張り裂けそうなほど。 衛くん。 愛しかった人。 また、一緒に此処に来たい。 FIN |
【あとがき】そろそろ隠していた話を公開する時期かもしれないと思い、其の話の後日談を先に書いてしまいました。 |
11月2日 |
INVOKE -インヴォーク- |
『ボクが死んだらさ、泣いてくれる?』 「あら、おはよう、千影ちゃん。今日は早いわね。デート?」 「違う・・・・・・と思う・・・・・・・・・おはよう・・・・・・」 朝。 普段よりも早く起きて洗面所に行くと、偶然にも髪を梳かしていた咲耶くんと出逢った。 よりにもよって・・・か。 溜息でも吐きたいが、吐いたら吐いたでまた何かを云われるのは分かっていたので、止めた。 「そうよね〜、あの衛が自分からそんな名称で千影ちゃんを誘うなんてないわよね〜」 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、此方の様子を窺う。 此れでも彼女自身はかなり笑みを抑えているつもりのようだ。 口元を頑張って閉じようとしている。 「・・・何故・・・・・・衛ちゃんだと決め付ける・・・・・・?」 表情を悟られたくない為、私は顔を水で湿らせ、洗顔フォームを手の平で伸ばして擦りつけた。 「でも、当たりなんでしょう?」 そう云うと、彼女は歯ブラシに歯磨き粉を付け、歯を磨き始めた。 私は洗顔フォームを洗い流す。 一分近く、沈黙が滞在した。 「ああ・・・・・・」 タオルで顔を拭きながら、大人しく頷く。 否定したところで、どうせ後で衛ちゃんが彼女に話すだろう。 「・・・別に理由なんて無いわよ。強いて云えば、勘・・・かしら」 咲耶ちゃんはコップに水を入れ、其れを口に含み、口内を洗浄した。 そして、私が顔を拭いたタオルで口を拭いた。 「勘・・・・・・ね・・・」 自然に、フッと微笑めた。 待ち合わせ場所で衛ちゃんに逢ったら、訊いてみよう。 咲耶ちゃんに何を訊かれたのか、と。 「君こそ・・・・・・今日は出掛けるようだね・・・・・・・・・茶色のコートでも買ってあげると良い・・・・・・」 私は歯ブラシと歯磨き粉と先程咲耶くんが使ったコップを持つと、同時にそう云い残して其の場から去った。 流石に、今日は機嫌が良いか・・・ 洗面所の扉が閉まる瞬間、自分を第三者の目から見て私はそう思った。 先程鏡に映っていた自分の表情は、微笑っていた。 「髪、梳かしましょうか?」 ソファに座り、興味もない朝のテレビ番組を見ながら歯磨きをしていると、 春歌ちゃんと一緒に朝食を摂っていた鞠絵ちゃんが不意に話し掛けてきた。 私はテレビの左上を見た。 6:30 手伝ってもらわなくてはならないほど、時間には困っていない。 が、彼女の好意を捨てるつもりはないので、私は頷く。 鞠絵ちゃんはテレビの上から櫛を手に取り、ソファの後ろに立って私の髪に櫛を通し始めた。 「二人は・・・・・・今日は何処かに出掛けるのかい・・・・・・?」 ふと、二人も普段から起きるのが早いのか、其れともそうではないのか気になり、遠回しに訊いた。 「いえ、おそらく一日中此の家にいますわ・・・珈琲は如何ですか?」 「ああ・・・・・・頂くよ・・・・・・」 私が答えると、春歌ちゃんは微笑み、珈琲カップを取りにキッチンへと姿を消した。 「二人とも・・・・・・毎日こんな時間に起きているのかい・・・・・・?」 「ええ、元々春歌ちゃんが早起きだったので、わたくしが合わせたんです」 鞠絵ちゃんは一瞬、春歌ちゃんの出ていった扉に視線を移し、また私の髪に戻した。 「・・・千影ちゃんの髪、梳かし易いですね」 「そうかな・・・・・・?」 「ええ」 ・・・鞠絵ちゃんや春歌ちゃんとは、とても話し易い。 返答だけで会話を終わらせずに、次の話題を提供してくれるから。 其れに比べて自分は・・・・・・かなり話し難いのかもしれないね・・・ キッチンから戻って来た春歌ちゃんは、珈琲ポットからカップへと珈琲を注いだ。 「千影ちゃんは、珈琲はブラックで宜しいのでしょうか?」 「ああ・・・・・・」 春歌ちゃんはソファの前のミニテーブルへ、珈琲が注がれた私専用のカップを置いた。 「ところで、千影ちゃん。本日は何処かに出掛けるおつもりなのでしょうか?」 春歌ちゃんは私の隣に腰掛け、興味津々と云うように私に問う。 流石は姉妹と云ったところか、鞠絵ちゃんもどうやら気になるらしい。 「・・・君等も・・・・・・物好きだね・・・・・・」 「ええ、家族の事ですから」 春歌ちゃんはさも当たり前のように云った。 私は其れが嬉しかった。 少し俯いたら、鞠絵ちゃんに怒られた。 約束の場所へ着き、一時間半待った。 かしのき公園の時計を見ると、約束した時間丁度の八時半だった。 鞠絵ちゃんと春歌ちゃんに約束の時刻を教えたら、極度に驚いていた。 そんなに早かっただろうか? ・・・そろそろ来るかな・・・ 私がふと衛ちゃんの家の方角を向いた其の時、息を切らせた私の待ち人の聲が聞こえた。 「やっほー、千影ちゃん。ゴメン、待った?」 「別に・・・・・・」 ・・・もっと気の利いた言葉は無いものか。 言葉を口から出した後に、私は自分を責める。 衛ちゃんは膝に右手をつき、左手で胸を押さえ、呼吸を静めた。 「今の遣り取り、恋人っぽかったかな?」 「さあ・・・・・・」 またか。 顔を赤らめてまでそう云ってくれた彼女の前で、私は再び自分を責めた。 「今日は何処にいこっか?」 「・・・・・・・・・」 私は一瞬間を置き、きちんと考えてから、言葉に出した。 「映画館・・・・・・」 後悔した。 映画の内容はほとんど憶えていない。 決して面白くなかった訳ではないような気がする。 朝、咲耶ちゃんに『デート』と云う単語を聞かされた所為か、私はデートと云えば映画かと思い、選んだのだ。 別に見たかった映画があったわけでも、何でもなかった。 其れに、自分は映画を見ながらで寝た事なんて無かった。 故、衛ちゃんが上映中に眠ってしまうなんて考えなかった。 衛ちゃんが眠ってしまってから暫らくは映画の内容も覚えている。 白い、少し斜めになった字幕で表示された『私が死んだ時、泣けた?』と云う言葉辺りはやけに憶えていた。 が、まさかやがて衛ちゃんの寝相の悪さから、彼女が自分に抱きつくような形になるとは思いも寄る筈がない。 そんな状態で映画には集中出来る訳がないだろう・・・ 其れなのに、彼女はこう云ってくる。 「先刻の映画、面白かった?ボク途中で寝ちゃって見てなくて・・・エヘヘ、ごめん」 「・・・此の後・・・・・・如何する・・・・・・?」 私は強引に話題を変えた。 此れ以上惨めな、と云うよりも、情けない自分を憶えていたくなかったから。 「うーんと・・・じゃあ、次はBetty'sに行こっか」 私はもう、行く先も予定も、彼女に任せる事にした。 ・・・一日は早く過ぎた。 デパート、商店街、ショッピングモール。 此の周辺の行ける場所はほとんど全て周った。 私の通っている学校にまで行った。 今日は楽しかったか。 楽しいか如何かは別として、面白かったと思う。 ・・・私達はどちらがリードするでもなく、朝に待ち合わせをしたかしのき公園へ来ていた。 夜の此処は常夜灯以外の灯りは無く、音は虫の聲だけが聞こえる。 一人の時は落ち着けてとても好きだ。 が、二人で居る時は沈黙がとても苦しい。 「衛ちゃん・・・・・・」 「・・・何?」 返事をされてから、困った。 何かを話そうと思った訳ではない。 ただ、聲が聞きたかっただけなのだから。 「・・・足が疲れてしまったから・・・・・・・・・あのベンチに座らないかい・・・・・・?」 我ながら卑怯な提案だ。 疲れた、と云えば余程の理由が無い限り、相手が其れを否定出来ない事を、私は知っていた。 「今日・・・楽しかった?」 ベンチに座るなり、彼女は問うた。 「ああ・・・・・・楽しかったよ・・・」 「本当?」 衛ちゃんは乗り出すように、私に自分の顔を近付けた。 「・・・ああ・・・・・・」 一瞬見惚れてしまい、反応が遅れた。 嘘を吐いたとばれていないだろうか。 そんな心配を他所に、彼女は胸を撫で下ろした。 「良かった・・・」 私に聞こえてはいけない筈の、彼女の呟きまで、此の静けさの中では聞こえた。 「あのさ・・・」 「・・・なんだい・・・・・・?」 十秒。 不思議な沈黙が続いた。 次の言葉を聞くまでは。 「ボクが死んだらさ、泣いてくれる?」 そして、また二秒間があった。 「・・・笑えない冗談だね・・・・・・」 「冗談じゃないよ。本気」 どうやら衛くんは私が答えるまで、私の瞳を覗き込み続けるようだ。 彼女の瞳を見ていれば、其の位は分かる。 「・・・なら・・・・・・尚更悪質だ・・・」 衛ちゃんが死んだら・・・? 考えたくもない。 ・・・何故? 自信が無いのか。 泣けるかどうか。 「・・・・・・私は・・・」 此の先を云えば、後悔するかもしれない。 だが、今の衛ちゃんに嘘や誤魔化しを云える程、私は衛ちゃんを軽く見ていない。 途端、私は無意識に、彼女を抱き締めたいと思った。 そして其れは一秒も待たずに行動に移した。 「私は・・・・・・・・・泣けないかもしれない・・・・・・」 「・・・・・・・・・」 彼女の表情が見えないのが、とても心配だ。 一体どんな気持ちで私の言葉を聞いているのだろうか。 そしてまた私は言葉を紡ぐ。 「・・・だけど・・・・・・君が死んだら・・・・・・私はとても悲しい・・・・・・・・・死のうと思う・・・・・・」 私達は生まれた時、離れていた。 だからせめて彼女が死ぬ時は一緒に、と。 其れは望みではなく、誓いだった。 「だから・・・・・・」 死ぬな。 無理な願いを私が言葉にするよりも先に、衛ちゃんの笑い聲が其れを消した。 「あはっ、あはは・・・」 そして其れは直ぐに泣き聲へと変わった。 私は焦った。 彼女を泣かしてしまった原因が、自分以外に見当たらなかったから。 「・・・・・・ごめん・・・・・・ボク・・・すごく嬉しいや・・・」 衛ちゃんは私の胸に顔を埋めた。 服が強く握り締められる。 彼女の背中に手を当てると、細かく震えていた。 「衛ちゃ・・・」 「変な事訊いてごめんね、本当にごめん・・・先刻の事はもう忘れて・・・」 「・・・・・・・・・・・・」 私はもう何も云えなかった。 ただ、彼女を抱き締めた。 「ごめん・・・・・・ごめんね・・・」 彼女はそう何度も繰り返した。 私は、先刻の事を忘れてほしくない。 そう思った。 君にも。 私にも。 「おはよう、千影ちゃん」 「やあ・・・・・・おはよう・・・・・・」 次の日、私はいつもの休日と同じように遅く起きた。 此処は昨日の朝に起きた、十二人共同の家とは違う。 衛ちゃん個人の家だ。 「珈琲淹れるところなんだけど、千影ちゃんも飲む?」 「ああ・・・・・・お願いするよ・・・・・・」 「うん、分かった。じゃあ、リビングで待っててね」 そう云われ、私はキッチンを出てリビングのソファに座った。 昨日と似たような行動だ。 だが、テレビは点けない。 私は今日の朝起きてすぐ、隣に居る筈の彼女の姿を探した。 まさか、と云う不安感もあったかもしれない。 だがつい先刻キッチンで彼女を見つけてとても安心した。 やがて、珈琲の注がれた二つの珈琲カップを、衛ちゃんは運んできた。 「千影ちゃんは珈琲はブラックだよね」 「ああ・・・・・・そうだよ・・・・・・」 衛ちゃんがカップを二つともテーブルに置く。 「衛ちゃん・・・」 「うん?」 衛ちゃんが私の横に座るのと同時に、私は名前を呼んだ。 「此方の珈琲・・・・・・・・・私が飲んでも良いかな・・・・・・」 「えっ?あ、うん、良いよ」 彼女は頷き、私の前に置いたカップと、自分の前に置いたカップを入れ替えた。 彼女はすぐに一口、ブラックの珈琲を飲んだ。 「苦い・・・」 私はフッと微笑った。 私は彼女が使う筈だったカップを手に持り、中の液体を眺めた。 珈琲の茶色が、黒よりも白に近くなっていた。 多分、半分以上はミルクだろう。 私はカップにそっと口を付けた。 「・・・・・・ありがとう・・・」 そう、彼女が呟くように小さな聲で云った言葉を、私はあたかも聞こえなかったふりをした。 私は微笑みながら、珈琲を口に含んだ。 甘かったが、好きになれそうな味だった。 FIN |
【あとがき】此の話はユダ様に捧げます。なお、今回のお話は今まで私が書いた小説とは関係のない、孤立したお話です。 |
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