千ノナイフガ胸ヲ刺ス



何時からだろう、こんなになってしまったのは・・・
出逢った頃はただ、自分の妹がまた増えた、そうとしか思っていなかった。
別に、如何して今まで一緒にいられなかったとか、そう云う事は考えようとも思わなかった。
考えても何も変わらない。
だから、考えない。
これが当たり前だった。
だけど今は・・・



私は朝の儀式を終え、自室を出た。
私の暗い自室とは打って変わって、廊下は眩しい程の明るさを持っていた。
瞳孔が細くなり、やがて視界が明るさに慣れてくる。
そして、一階のリビングへ姉妹達の様子を見に向かう時だった。

「千影チャマ!」

少し広めの廊下で、後ろから名前を呼ばれる。

「ああ・・・四葉ちゃんか・・・・・・おはよう・・・」

その場で立ち止まり、振り返らずに挨拶をする。
振り返らなくても、四葉ちゃんは私の前まで周りこんで来るからだ。

「おはようございます!千影チャマ!!」

元気良く、私の前に姿を現して挨拶をしてくる。
やはり何時もの探偵のようなコートを羽織っていた。

 正直、自分の名前を大声で呼ばれるのは不快だ。
 だけど、この娘に対してはそんな事は思わなかった。
 何故・・・?
 また・・・考えている・・・

「千影チャマ・・・?」

反応を示さない私を、四葉ちゃんは心配そうに見つめてきた。

「なんでも、ないよ・・・・・・リビングに・・・行こう・・・」

四葉ちゃんの翳りの掛かった表情を見続けるのが辛くて、誤魔化す。
自分の些細な不安より、私の言葉を優先したのか、四葉ちゃんは満面の笑みを浮かべる。

 私にそんな表情を向けるのは・・・止めて欲しい。
 自分自身が抑えられなくなりそうで、君をどうしてしまうか分からない自分を怖れてしまう。

「はい!一緒に、行きましょう!」

一緒に、の言葉に少し照れが入っていた。
そんな四葉ちゃんの小さな変化に気付けて、自分も思わず嬉しくなってしまう。
理由は分かっている。
それでも、行動には表さない。
君が私の気持ちに気付き、君の言葉で君の気持ちを伝えてきたら、私は・・・

 コワレテシマウ・・・



「ほ、本当ですか!?」

リビングの扉を開けたと同時に、咲耶くんの声が部屋に響いた。
何時もの冷静な態度からは予想もつかない位、明らかに声が動揺している。

「咲耶ちゃん、如何したんデスか?」

四葉ちゃんは咲耶くんのそんな様子に気が付かないのか、小走りで近づいて行った。
咲耶くんは四葉ちゃんが視界に入ると、一度大きく深呼吸をして、云い辛そうな顔をした。

「四葉・・・ちゃん・・・・・・貴女のおじいちゃんが・・・突然倒れて・・・亡くなった・・・そうよ」

「・・・なっ」

四葉ちゃんの顔が一瞬の内に蒼褪める。
咲耶くんは居た堪れない気持ちになったのか、目を伏せた。
私は普段は見せないようなそんな二人の表情を見て、口の端が自然に吊り上がった。
その直後、歪曲した愛の渦に巻き込まれた自分に気が付き、嫌悪する。

「う・・・嘘・・・」

四葉ちゃんがうわごとのように呟くと、咲耶ちゃんは俯いたまま首を二回左右に振った。
長い、茶が掛かった金色の髪の毛がそれを追いかけるように動く。
その動きは森で彷徨う子供のように、頼りなく見えた。
私はまた笑みを零した。



私と四葉ちゃんは朝食を食べなかった。
朝食の間、四葉ちゃんは私の部屋の椅子に座ってずっとすすり泣きをしていた。
暫らくしても、四葉ちゃんは泣き止みはしなかったが、大分落ち着いたようだ。

「千影チャマぁ・・・四葉は如何したら良いんデスか・・・?」

四葉ちゃんの質問は、亡骸に会いに行った方が良いのか、と云う意味なのだろう。
彼女は・・・済んだ事を気にするな、と私が云ったらその通りにするのだろうか?
たぶんそうするだろう。
会えば悲しみが増し、ただ辛くなるだけなのだから。
逃げ道を作ってあげれば、如何したら良い、などと訊いて来なくなるだろう。
だけどそれは、やはりただ逃げているだけ。
だから私は・・・

「直接会って、心の中を整理した方が・・・・・・良いと思うよ・・・」

離れたくないと云う、意思を殺めてそう云った。



その日、私は四葉ちゃんとその後一切言葉を交わさなかった。



四葉ちゃんがイギリスに帰る事が決めたのは、その翌日だった。
そして、日本に四葉ちゃんが留まって居られるのは、二日後の昼過ぎまでとなった。
他の姉妹達は四葉ちゃんに対して如何云う風に振る舞えば良いのか分からないらしく、困惑していた。
姉妹なのにお別れ会と云うのはおかしいし、そもそも祝える状況でも無い。
それに、顔も見た事がないとしても、義祖父にあたる人物が亡くなったのだ。
全員が暗い雰囲気になるのは、ごく自然の事だろう。
だが、私は接し方を変えるつもりは最初から無い。
彼女がそれを望んでいないから。



次の日の朝。
私が十二個のドアが並ぶ廊下を歩いていると、鈴凛ちゃんの部屋から四葉ちゃんの声を聞いた。
その声に反応し、私はその場に立ち止まった。

「仕方ない・・・んだよね?」

「はい・・・・・・」

二人は、妙に声が暗い雰囲気だった。

「そっか・・・もう・・・・・・お別れか・・・」

鈴凛ちゃんは諦めたような声で、溜息混じりに呟いた。
私は、扉を開けてしまいそうになる衝動を必死で抑える。

 お別れ?
 何の事を・・・云っているんだ?
 四葉ちゃんは直ぐに帰って来るのだろう?

答えを知らない自分に対して問いを投げ掛けたところで、何も帰って来ない。
分かったのは、彼女がもう二度と戻って来ないかもしれないと云う可能性だった。

「今まで・・・ありがとうございました・・・」

混乱している私の耳に、二人が扉の向こう側に近づいて来る足音が聞こえた。

「何云ってるの、まだ今日と明日が残ってるでしょ?」

「そう・・・デスね・・・」

部屋からてきた四葉ちゃんと鈴凛ちゃんの姿を廊下の曲がり角に姿を隠しながら横目に見ながら、私はその場を立ち去った。
悲しそうな表情の四葉ちゃん。
人工的で未完成な笑顔をしている鈴凛ちゃん。

其れは嫌でも網膜に焼きついた。



「四葉ちゃん・・・今日も朝御飯全然食べずに残してましたのよ」

「やっぱり・・・相当応えてるのかしら・・・」

その日の昼食を食べ終えた後だった。
四葉ちゃんが自室に戻って云ったのを見計らったかのように、全員が全員好き勝手な事を云い始めた。
私と咲耶くん、それに鈴凛ちゃんを除いて。
そこには彼女の意思は無かった。
気を使っているように見えて、四葉ちゃんの言葉も聞かずに、彼女の気持ちを理解したつもりでいるのだろうか?
私は腹立たしくなり、静かに席を立ってその部屋から離れた。
最も憎いのは、自分も彼女が悲しんでいると云う事しか分からない事だった。



扉を開けると、少し離れたところに四葉ちゃんが居た。

「四葉ちゃ・・・」

「あ、千影チャマ!」

私が声を掛けようとすると、四葉ちゃんは私に気付き、此方に駆けよって来た。
何時もと変わらない笑顔。
何時もと変わらない声。
違うのは・・・頬が濡れている事。
彼女は必死で誤魔化しているが、私はハッキリと見てしまった。
彼女が泣いているところを。

 何が悲しい?
 何故泣くの?
 何故・・・・・・隠すの?

私には理解出来ない。
彼女の悲しみを彼女以外の人物が理解出来る事は無い。
だけど、私は知っている。
悲しみを分かち合える人が居ない事の悲しみを。
私は拳を固く握り締め、彼女の事を抱き締めたいと思う衝動を掻き消す。

「君は・・・・・・何故私の前では泣いてくれない?」

「えっ・・・?」

私は彼女の悲しみを少しでも分かち合う為に、そう訊いた。
憐れんでいる訳ではない。
同情している訳でもない。
血が繋がっていようが、いまいが、そんな事は関係ない。
愛する人だからこそ、全て曝け出して欲しい。
君が壊れる様を見たい。

「よ、四葉は・・・泣いてなんて・・・ないデスよ?」

悲しい嘘を吐いた四葉ちゃんの声は震えていた。
そして、彼女は後ろを向いてしまった。

「に、荷物まとめなきゃいけないデスから、四葉はもう部屋に戻るデスね」

「四葉ちゃん!」

私の呼びかけを無視して、彼女は逃げるように駆けて行った。
いや、実際逃げられたのだろう。

「千影・・・・・・」

後ろから高めの透きとおるような声で名前を呼ばれる。
誰かは声と私の名前の呼び方で分かっている。
それでも、一応振り返って姿を確認する。

「咲耶くん・・・見ていたのかい?」

吐き捨てるように私は云い放った。
私が振り返ると、咲耶くんは一瞬驚いた顔をした後、私から目を逸らした。
その様子は、彼女が四葉ちゃんに例の電話での話を伝えた時の姿と重なった。

「そんな・・・睨まれても困るわよ・・・私だって聞きたくて聞いてた訳じゃないんだから・・・」

其処で初めて、私は咲耶くんを睨んでいたと云う事を知った。
四葉ちゃんが泣いている理由を彼女に伝えた人物と云うだけで咲耶くんの事を軽蔑してしまっているらしい。

「そう云うつもりじゃなかった・・・すまない、ね・・・」

私がそう云うと、咲耶くんは顔を上げた。
其処には何時もの冷静さと慈愛を帯びた、姉の表情になっていた。

「それなら・・・良いの。それより、千影は如何するの?」

綺麗な大きい紫の瞳が真っ直ぐに私を見つめてくる。
それと同じくらい、ハッキリとした声だった。

「・・・何の事だい?」

あまりにハッキリとした問いに、あえて理解していないように振る舞う。
何も隠す必要のある事がある訳でもないのに、そんな行動が今の私の精神がいかに不安定かを証明していた。

「四葉ちゃんの事、放っておくわけじゃないんでしょ?」

先程の問いと同じくらいハッキリとした質問。
私は、分かっている事をまるで試すかのように訊いて来ていた事に対して、少しばかりいらつく。

「彼女の事・・・大切なんでしょ?」

咲耶くんは意識したかのように、好き、と云う表現は使わなかった。
心中の一部を除いて全て見透かされたかのような感覚になる。
自分の気持ちは自分で決着を着けろ、と云う意味も含めているのだろう。
そんな言葉に隠された彼女の優しさを察する。
だが、それは今の私にとっては傾いた天秤を斜面に置くのと同じ位、ただ不安定さを増すだけだった。

「答えたくないのなら、答えなくても良いの。でもね、今はそっとして置いてあげた方が良いと・・・私は思うの」

その言葉に、頭の中がカッと真っ白な怒りに染まる。
感情のタガが外れたかのように、カオスのように感情が混ざり合って流れ込んでくる。

「今は?今、放っておいて何時言葉を掛けてあげれば良い?何時彼女を悲しみから救ってあげれば良い!?」

激情に駆られて、息継ぎをするのも忘れて言葉を繋ぐ。
全て云い切った後、息が切れた私を咲耶くんは目を細めて優しく見つめていた。
私の躰は、咲耶くんにそっと抱き寄せられた。

「今は・・・貴女の気持ちが落ち着くまで、待つのよ。貴女がそんな様子じゃ、何も・・・解決しないわ」

咲耶くんは、最後の部分を厳しくハッキリと、そして私に云い聞かすように云った。
如何しようもない怒りともどかしさが、悲しみへと変わる。
私は咲耶くんのに抱き締められたまま、忘れ掛けていた感覚を思い出した。

「・・・すまない・・・・・・暫らく・・・・・・このままで・・・いさせてくれないか?」

「・・・・・・ええ」

咲耶くんの衣服に私の泪が落ちた。



 私は如何すれば良い?
 君を捕まえたい。
 君を抱き締めたい。
 君を愛したい。
 君を・・・



その日の夜、私は四葉ちゃんの部屋の前まで来た。
扉のノブに手を掛けるのに、ほんの一瞬だけ躊躇してしまう。
考えは纏まっていない。
気持ちは纏まっている。

 事実を知らないのに、私は何をしようとしているのだろうか?
 いや、私は事実を知る為に、今此処に居る。
 君に全てを聞きたい。
 君のしなければならない事。
 君の考えている事。
 そして・・・君の気持ち。

私は扉を開いた。

「ち、千影チャマ・・・?」

彼女は床に座りこんで・・・・・・・・・・・・泣いていた。

 君に嫌われてしまっても良い。
 私が抑えられなくなってしまっても良い。
 それで君を壊してしまっても良い。
 それでも、私は君を知りたい。

「如何して・・・?」

突然の問いの意図を掴めずに、四葉ちゃんはキョトンとしている。
そして、泪を拭うのも忘れて驚いている四葉ちゃんの近くまで歩み寄った。
彼女の泪に濡れた目が少し赫くなっている。
私は右手で彼女の腕を掴むと、無理矢理引き寄せた。

「千影チャ・・・」

「如何して・・・?」

四葉ちゃんの言葉を打ち消し、先刻と同じ事を少し声を強めて問い掛ける。
彼女は、私の普段と違う雰囲気に気付いたのか、それに怯えるように必死で逃げようとする。
私は彼女の腕を掴む力を強めた。

「い、痛いデス・・・」

「私は君が・・・・・・・・・」

右手の力を少し緩め、左手で彼女の躰を抱き寄せる。
体重の軽い四葉ちゃんの躰は、フワリと空を飛ぶ紙飛行機のように私の両腕の中に収まった。
気のせいか、彼女はあまり暴れなくなっているように感じた。
それどころか

「ち、ちか・・・・・・ッ」

四葉ちゃんの躰が腕の中でビクンと跳ね、彼女の言葉は云い切られる前に途切れた。
私に口唇を塞がれたからだ。

「・・・・・・んぅっ・・・ふ・・・」

四葉ちゃんは先程とは打って変わって、翼を失った鳥のように急に大人しくなる。
柔らかい四葉ちゃんの口唇の感触が私の口唇と重なり合う。
おそらく、彼女にとって初めてされた、友情でも家族愛でもないキス。
それによって彼女を独占出来たような快感に狂いそうになる。

「ちか・・・・・・チャマぁ・・・」

口唇が離れた際、息継ぎのように途切れ途切れに自分の名前が四葉ちゃんの口から紡がれる。
私は彼女の顔を見て、少しならずとも驚いた。
彼女の泪が頬を伝い、白い喉の辺りまで流れていたからだ。

「四葉ちゃん・・・」

 まさか・・・嫌われた?

自分の行動に対して、予想していた最悪の状態を考えて不安に思い、強く後悔する。
だが、それは違う事がすぐに証明された。

「ごめん・・・なさ・・・・・・千影・・・チャマぁ・・・・・・うぅっ・・・ふえぇぇん!」

四葉ちゃんは大きな声で泣き始め、謝罪の言葉を口にした。
私は腕の中で泣きじゃくる四葉ちゃんにどんな言葉を掛けてあげれば良いのか分からずに、ただ黙りこむ事しか出来なかった。



「隠す・・・つもりじゃなかったんデス・・・」

四葉ちゃんはまるで自分に云い聞かすかのように、呟いた。
何を勘違いしているのか、自分から本当の事を教えてくれると云うのだ。
彼女は、私に『隠している事』が全てばれたのかと思い、それを何故隠していたのか、と責められる前に弁解しておきたいらしい。
少々気が抜けたが、話してくれると云うのをわざわざ止めるつもりはない。

「・・・私は、君が何かを隠していると云う事しか・・・知らないよ・・・・・・責めるつもりも、無い」

私はベッドに座っている四葉ちゃんの隣に座って、彼女の頭を撫でた。

「そ、そうだったんデスか・・・?」

四葉ちゃんはホッとしたように、あるいは困ったように微笑った。
其れは泪の跡が残っている所為か泣き笑いに見えて、私は胸が締め付けられるように苦しかった。

「・・・・・・全部話してくれるかい?」

私は四葉ちゃんの瞳を覗き込み、彼女が答えるのを待つ。
彼女は私から逃れるように、視線を床に落とした。

「はい・・・・・・」

彼女は息を大きく吸い込んだ。
そして、悲しみに満ちた声で話し始めた。

「昨日・・・・・・四葉、咲耶ちゃんが云ってた事を信じられなくて・・・ロンドンのお家に電話したんデス・・・」

その理由は私にも理解できるような気がした。
自分の耳で自分の祖母の口から本当の事を聞かなければ、真実を受け入れられなかったのだろう。

「それで・・・本当にグランパが・・・・・・・・・ちゃったって・・・云うから・・・」

四葉ちゃんの声が途中で小さくなって殆ど聞き取れなかったが、それを訊き返すのは酷だと云うのは分かっていたので私は黙っていた。
一瞬で部屋の中が静かになったような気がした。
壁に掛けてある時計の秒針がカチカチと動く音が、唯一部屋の中を静寂が支配するのを遮っていた
耳障りな時計の音が数十回なった後、四葉ちゃんはようやく口を開いた。

「・・・だから・・・・・・グランマが・・・一人になっちゃう・・・から・・・」

「四葉ちゃんが傍に付いてあげなければならない・・・そう云う事だね?」

黙って聞いていても時間が掛かりそうだったので、四葉ちゃんの云いたい事を読んで彼女の代わりに言葉を繋げた。
四葉ちゃんはコクリと頷いた。

「グランマは元々足が悪くて歩けないから、日本に来る時も凄く心配だったんデス・・・・・・けど・・・」

四葉ちゃんは言葉に詰まる。
また、時計の音が耳のすぐ近くでなっているような現象が起こる。

「・・・・・・・・・けど?」

私は苛々してきて、急かすように四葉ちゃんの言葉を繰り返した。
彼女のスカートに雫が落ちた。

「グランパは・・・・・・『私達は大丈夫だから、四葉は心配しないで兄妹に会いに行って良いんだよ』・・・・・・って・・・云ってくれて・・・」

四葉ちゃんの声は途中から涙声に変わり、言葉を云い終えると私に抱きついてきた。
私は彼女を慟哭もろとも抱き締める。
彼女はそんな不安を抱えながらも、私達に出逢う為にこの国に来てくれたなんて・・・
急に彼女を狂おしい程に抱き締めたく思う。

 離したくない・・・離れたくない・・・
 君は何を望む?
 私は何を望む?
 私は君を・・・
 君の、全てを・・・


「四葉・・・ちゃん・・・・・・!」

私は四葉ちゃんの躰を抱き締めたまま、彼女と同じ様に泪を流した。

「千影チャマぁ・・・!」

お互いの名前を呼び合い、お互いの体温を背中に当てた手の平に感じる。
私はそのまま四葉ちゃんをベッドに押し倒した。
彼女は私に躰を預け、何の抵抗もしなかった。
どちらからでもなく、自然に口唇を重ねた。



 愛の下ならば、悲しみの奈落へ堕ちる事が運命でも、私は全て受け入れて風化するまで抱き合いたい。



次の日の朝、私が目を覚ますと四葉ちゃんは昨日の夜と同じ様に裸のままで私の片腕を枕代わりにスヤスヤと眠っていた。
彼女の愛らしい寝顔には、もう悲しみの色は無かった。
私はその小さな躰をそっと抱き締めた。
素肌が触れ合い、彼女の外気に晒された柔らかい小さめの胸が軽く形を変える。

「ふぁ・・・ちかげ・・・ちゃまぁ?」

四葉ちゃんが目を覚ます。
まだ眠気が取れないようで、子供っぽい声で私の名前を呼ぶ。

「おはよう、四葉ちゃん・・・・・・私は此処に・・・居るよ・・・」

四葉ちゃんの耳元でそう囁くと、彼女は眠そうな目を細めて微笑った。
それは、無邪気な子供らしさにも、子供を抱く母親のように慈愛に満ちた表情にも見えた。

「おはようございます、千影チャマ」

私は四葉ちゃんの頭をそっと包み込むように優しく抱き締める。
四葉ちゃんは私を上目遣いで、母親に甘えるための何かを考えている子供のように見つめてきた。
子供っぽいのか、大人っぽいのか、掴めない娘だと思った。

「おはようの・・・キッスしてくれますか?」

四葉ちゃんは暫らく私の瞳を見つめると、両腕を首に回して再び微笑んだ。
今度は子供っぽさしか感じられなかった。
多分、この娘は私の前だと子供っぽくなってしまうのだろう。
その証拠に、今も一人かもしれない祖母の事を心配している。
其れを誤魔化す為にこんな事を云い出していると云う事も分かっている。

「ああ・・・・・・良いよ・・・」

私達は口付けを交わす。



「お、おはよう・・・四葉ちゃん・・・千影ちゃん・・・」

リビングの扉を開けると、部屋の中でソファに座っていた衛くんが少し恐る恐ると私と四葉ちゃんに挨拶をしてきた。
咲耶くんは衛くんの横に座って、真剣な表情をして四葉ちゃんの様子を見つめていた。

「おはようございます!まもチャマ!」

四葉ちゃんは元気良くニッコリと明るく笑う。
衛くんはポカンと口開けて、呆気にとられた顔をしていた。
咲耶くんも、何時もと何ら変わりの無い四葉ちゃんの明るい表情に一瞬だけ驚いた顔をした。
そして、咲耶くんはポンと衛くんの頭を軽く叩いた。

「え?あっ・・・」

それだけで咲耶くんの云いたい事が分かったのか、衛くんは顔を無理に強張らせて真剣な顔をしてみせた。

「おはよう、四葉ちゃん昨日の夜は良く眠れた?」

咲耶くんはそんな衛くんを呆れたように無視して、四葉ちゃんに微笑みながら声を掛けた。
四葉ちゃんは急に頬を真っ赤に染めた。

「・・・きっ、昨日の・・・夜デスか!?」

衛くんは、四葉ちゃんが如何して照れているのか分からない、と云う顔をしている。
咲耶くんは何となく分かったのか、ニヤニヤと笑っている。

「何?さくねえ、如何したの?」

私の方を小悪魔のように見ている咲耶くんに、衛くんが訝しげな表情で話し掛ける。
咲耶くんはソファに置いてあるクッションを衛くんの顔に優しくだが、投げつけた。
衛くんは自分の顔に直撃して、落ちる途中のクッションを両手で受け止め、其れで口元を隠しながら恨めしそうな顔で咲耶くんを見た。

「・・・何か・・・云いたい事でも・・・?」

「何でもないわよ?」

そう云った咲耶くんは凄く嬉しそうに笑っている。

「ふふふっ・・・」

「・・・フッ・・・・・・」

つられて私も笑う。

「え、えへへへっ・・・」

「キャハハッ」

衛くんは照れたように、四葉ちゃんは心底嬉しそうに笑った。

 皆の前で笑ったのなんて、何年ぶりだろう。
 こんなにも倖せな事だったなんて、如何して忘れてしまっていたんだろう。
 そして、この倖せは後数時間しか続かない。

「あ、あれ?よ、四葉・・・如何して・・・」

突然、四葉ちゃんが動揺を隠しきれないと云う声で呟いた。
そして、全員も彼女の顔を見て動揺した。

 泣いている・・・

四葉ちゃんは泪を必死で拭うが、次から次へと溢れてくる其れを止める事は出来なかった。
丁度そこで、他の七人の姉妹達がリビングに入ってきた。
可憐ちゃん、花穂ちゃん、雛子ちゃん、鞠絵ちゃん、春歌ちゃん、亞里亞ちゃん、それに・・・鈴凛ちゃんだった。
皆も四葉ちゃんを見て、突然の状況を理解出来ずに困っていた。

「よ、四葉ちゃんっ!なっ・・・如何したんですの!?」

キッチンの方から白雪ちゃんが現れ、すぐにそう訊いた。
ああ、そうだ。
この娘達はまだ、四葉ちゃんから例の話を聞いていないんだ・・・

「四葉ちゃん・・・皆に、全部話してあげたほうが良いよ・・・」

私は四葉ちゃんの頭を軽く撫でると、そう云い残してその場を去った。



「ちょっと待って!」

リビングを出て、廊下に出てからほんの数秒で後ろから呼び止められた。
鈴凛ちゃんだ。
その後ろに続くように咲耶ちゃん。

「如何したの?・・・四葉ちゃんの話、聞かないの?」

鈴凛ちゃんは、聞いてあげないの?、と云いたそうな目で見つめてきた。

「もう・・・全部知っている」

「・・・そう・・・だったんだ・・・」

鈴凛ちゃんは、ほんの少しだけ微笑んだ。
その時、咲耶くんの背後のリビングから、驚きの声が聞こえた。
続くように、何人ものすすり泣く声。
それを待っていたかのように、咲耶ちゃんが鈴凛ちゃんの耳元で何か囁いた。
すると、鈴凛ちゃんは一度頷き、少し俯きながら大人しくリビングに戻っていった。

「・・・・・・ありがとう、千影・・・」

咲耶くんが此方に近づいてきて、私の肩にポンと手を置いた。

 咲耶くんの言葉の意味。
 何故礼を云われるのか。
 決まっているだろ?
 咲耶くんも四葉ちゃんの事が大切だからだ。

「ああ・・・ありがとう、咲耶くん・・・」

自然に笑顔になる。
咲耶くんは大人びた微笑を見せると、私から離れてリビングへ戻っていった。



その後、四葉ちゃんが自室へ戻り、暫らくして荷物をまとめ終わった。
あと30分で家を出て、空港へ向かうらしい。
皆は四葉ちゃんを見送る為に、一緒に空港へ行くと云っている。
しかし、私は・・・



「お見送り・・・来てくれないんデスか?」

荷物をまとめ終え、私の部屋に来た四葉ちゃんは私の言葉を聞き、捨てられた猫のような寂しそうな目をした。

「ああ・・・・・・私は・・・此処で見送るよ・・・」

「四葉・・・ちょっと・・・・・・残念、かな!」

そう云いながら四葉ちゃんは、感情を抑えて無理に作ったとすぐに分かるような苦笑いをした。
そして、四葉ちゃんは大きな赫い鞄からボーンチャイナのユニコーンを取り出した。
それは私の部屋とは対照的に純白の光を放って輝いているようだった。

「此れ・・・受け取ってください」

「ああ・・・勿論、だよ・・・」

四葉ちゃんはそれを私に手渡すと、椅子に座っている私に抱きついてきた。
私はユニコーンを机の上に置くと、四葉ちゃんの躰を両手で抱き締めた。

「千影チャマ・・・・・・四葉、千影チャマと離れたくない・・・」

四葉ちゃんは泣き顔を見せないように私の胸に顔を埋めながら、泣きじゃくる。

 離れたくない・・・

私も、四葉ちゃんも、咲耶くんや衛くん、鈴凛ちゃん達も同じ事を思っているだろう。

「四葉ちゃん・・・」

私は机の上、ユニコーンの隣に置いてあった十字架のネックレスを手に取った。
それを、四葉ちゃんの首に着ける。

「此の十字架・・・・・・君が預かっていてくれないか・・・」

「・・・え?」

四葉ちゃんが顔を上げる。
その顔を彼女自身の泪が彩っていた。

 笑顔も、泣き顔も、怒った顔も、君の全てを網膜に貼り付けておきたい。
 だから・・・もっと顔を見せて。

「そして、何時か必ず・・・・・・君自身がまた此の家に来て・・・此れを返してほしい」

「・・・・・・分かりました・・・四葉、絶対・・・絶対・・・」

彼女の、私の服を掴む力が強まった。
私の顔をジッと見たまま、聲を押し殺して肩を震わせながら泪を流している。

 このまま時が止まれば良い。

永遠を感じていたい。
永久を信じていたい。
愛を感じていたい。
君を感じていたい。



何時までそうしていたのだろう。
時は止まらなかった。
無垢なそれはただ純粋に過ぎ行き、だからこそ残酷だった。

「四葉・・・もう行かなくちゃ・・・」

四葉ちゃんは徐に自分の腕時計を見てそう云った。

「暫らく、お別れ・・・だね・・・四葉ちゃん・・・」

「元気にしていてくださいね・・・千影チャマ」

私達は暫らく無言でお互いの瞳を見つめ合った。
言葉なんて必要ない。
もう気持ちは伝わっているから。

「それじゃ・・・また来世デス、千影チャマ」

「ああ、また・・・・・・来世・・・」

彼女は扉を開けて、私の部屋を出て行った。
扉が閉まり、すぐに静寂が訪れた。
四葉ちゃんは私の部屋の前で止まっているのだろう。
しかし、暫らくすると四葉ちゃんの足音が聞こえた。
やがて足音は遠くなり、聞こえなくなった。

「愛しているよ・・・四葉ちゃん」

私は彼女の後姿を思い浮かべながら、そう呟いた。



 今度君が戻ってきたら此の言葉を伝えよう。
 この気持ちを伝えよう。
 そう、戻ってきたら。
 君は必ず戻って来るから。



誰も別れなんて望まない。
そして、それは避ける事は出来ない。
いくら愛し合っても永遠に一緒ではいられない。
しかし、別れもまた永遠じゃない。
だから、何時かまた逢える。
また笑い合える。
そう信じていたい。
君を信じていたい。


FIN


制作期間が今までで一番かかりました。
分かると思いますが、完全オリジナル設定です。
何が違うって、兄が居ないってトコロでしょう。
その割にはユニコーンとか原作に出てきたアイテムが登場していたりしますが。
あと、途中に少しアレなシーンがありましたが、
別に18禁な訳ではないので別に良いか、と思い修正しませんでした。

2001.11.29 【最終更新:2001.12.01】

     

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