夢に出てくる貴女が愛しくて、寂しくて泣いた。
自分の泣く聲が聞きたくなくて、耳を塞いで泣いた。
寂しさを感じないようにする為、聲を殺して泣いた。
泪を流したくないから、目を閉じながら泣いた。
何度も泣いて過ごした夜。
だけど。
何度夢を見ても、見なくても、耳を塞いで目を閉じても、忘れられない物。
貴女の聲。
貴女の姿。
貴女との記憶。
貴女。
そして、忘れられない事。
其れは、泣く事。





私は自室に戻り、ベッドに躰を投げ出した。
ベッドは柔らかな感触で私を受け止め、ギシギシと軋む。
疲れた・・・
私は全く隠す事も無く、大きく溜息を吐く。
夏休みだと云うのに、私は毎日学校へ行っていた。
其れも、こんなに遅くまで。
窓の外を見れば、外は真っ暗だ。
勿論、外から帰って来たのだから、其れは今発見した事では無い。
また、行っていた、と云っても、其れ自体に疲れている訳では無い。
此処は学校の寮だ。
学校の敷地内にあるので、登校時間はゼロだ。
だからこそ私は今、虚無感を感じている。
孤独感とも似ている。
とても、寂しいんだ。
こんな夜中まで自室に戻らなかったのは、ラボで機械弄りをしていたから。
其れ自体はとても楽しい。
なのに、自室に戻ってくると、いや、寮に戻ってくると其れは突然襲って来るのだ。
おかえりを云ってくれる人が居ない事に、気付いてしまうんだ。
あ、いけない。
そう思った瞬間には泪が溢れてきた。
「あーあ・・・」
聲に出して、自分に呆れてみる。
私って弱いなぁ、って。
目を瞑ってから、手触りでシーツを探り、被る。
「あ」
でも次の瞬間には、シーツから顔を出して天井を見つめていた。
此方に来てからすぐ、植物の種を買ったんだった。
何て名前かは、憶えてない。
名前は聞いた事も無い感じだったけれど、小さくて綺麗な白い花だった。
案の定私の部屋のベランダは日当たりが良く、私は其処に植木鉢を置き、其の花を植えた。
数日前に花が咲いた。
そして其の二日後くらいにはもう、其の存在を忘れていた。
故、此処数日もの間、水をあげていない。
いや、全く憶えていなかった訳ではなかったんだ。
何かをしている最中に思い出す事もあったけど、自室に戻るともう忘れていて、機会が無かった。
花に対して痛い程の罪悪感を感じながら、私はベッドから降りた。
周りの人には、花くらい、と思われるかも知れないけれど、私はそうは思わない。
だって、私には花が大好きな妹が居るから。
私は窓の前まで歩き、立ち止まって一旦躊躇う。
「枯れちゃった、かな・・・」
もしそうだったら、やはり嫌だ。
自分が嫌だ。
でも、確認しなければ満足出来ない自分が居る。
私は意を決して、窓を開いた。





あの時感じていた時間を置き忘れて来た。
今の私は、まさにそんな感覚だった。
確かに此の国、アメリカは楽しい。
プログラムや配線の勉強なんかも詳しく教わる事が出来る。
でも、此方に来てから出逢った友達と話をしていると、ふと、思い出す。
あの頃の事。
此の国に来るのは、小さい頃からの夢だった。
でも、いざ皆と離れ離れになると、泪が出た。
当たり前の日々、当たり前の会話、当たり前の生活。
でも、こっちに来てから、当たり前が当たり前じゃ無くなった。
導火線が切れた。
だから、自分で他の導火線を選んだ。
そんな感じだ。
道を失った訳では無いが、元の道に戻る事も出来ない。
私が卒業して帰ったら、みんな変わっちゃってるかな?
多分、変わらないよね。
本当に小さい時から全員が全員、変わって無いから・・・
・・・なんて、そんな訳無いんだよね。
皆が昔から変わらないように見えたのは、あまりに近くに居過ぎたから。
離れていたらどれだけ変わっちゃうんだろう・・・
私の事、忘れちゃってたりして・・・
冗談混じりにそう思った。
でも、其の直後に、いつも不安になった。
今日は嫌な日だ。
寂しい。
切ない。
愛しい。
苦しい、よぉ・・・
シーツをギュッと握り締める。
私の抱えた如何しようもない想い。
其れは、眠りが覆い隠してくれた。





・・・珍しく、夢を見た。
夢の中で日本に帰った私に向かって、皆が口を揃えてこう云う。
「貴女、誰ですか?」
そう、云った。
皆は冗談で云ってるのかなって思った。
「鈴凛だよ」
って少し笑いながら教えてあげると、皆は・・・
「鈴凛ちゃんは此の娘だよ」
・・・それで、皆はメカ鈴凛を指差す。
「貴女の居場所は無いんだよ」
・・・メカ鈴凛は笑顔のまま、そう云い放った。
紛れも無く、私の聲で。
そして、皆は楽しそうに色々な事を話し始めた。
洋服の事とか、明日の予定とか。
私は皆の目に映って居なかった。
十二人で楽しそうに微笑っている。
メカ鈴凛を合わせて、十二人で・・・
メカ鈴凛が居る場所は、私の場所なのに・・・
私の居た場所なのに・・・
嫌だ・・・嫌だよ・・・
最後にメカ鈴凛は、憐れそうに私を見下げて・・・こう云った。
「貴女なんて、もう誰も必要としてないよ」
其処で、私は目を覚ました。
いや・・・目を覚まさざるを得なかった。
背中が汗だくになっていて、気持ち悪い。
泪が溢れ、枕が濡れていた。
私は、聲を隠そうともせずに泣いた。
『誰も必要としてないよ』
自分と同じ聲をしたメカ鈴凛の言葉が、頭の中で何度も反響した。
最悪。
最悪な夢だった。
・・・でも。
あのメカ鈴凛の居た場所。
其れは多分、私が最も望んだ場所だったのだろう。
もう、不可能なのに。
あの場所に戻る事なんて、絶対に不可能なのに。
そう思うと、尚更泣けた。
誰にも必要とされていなくても構わない。
そっちの方が、幾分か気が楽だ。
ただ。
あの娘達には倖せでいてほしかった。
私は倖せでなくて良いからせめて彼女達は、と。
・・・私は泪を拭って、躰を起こす。
其処で初めて、汗で背中だけではなく、私の全身は湿っていた事に気付いた。
ベッドのシーツも濡れている。
Tシャツの胸元を開き、団扇を手に取って扇ぐ。
そんなにすぐには汗は乾かないけど、涼しくて気持ち良い。
不鮮明だった視界と意識が鮮明になり、カーテンの向こうから光が射している事を意識する。
もう、朝なんだ。
そう思いながら、私は欠伸をした。
まだ躰に留まる眠気を逃がす為、私はカーテンと窓を開こうと、立ち上がった。
瞬間。
カーッと頭が熱くなり、頭痛を感じ、目の前が真っ白になった。
寝不足の所為で一日に一度は起こる、貧血による眩暈だ。
視界が見えなくなって、躰がふらつく。
でも、私は立ち止まらずに窓の前まで歩いた。
毎日の事だから自室も眩暈も慣れた物で、視界が無くても窓まで辿り着く事は容易だった。
学校で立ち眩みにあうと、友達には心配されるけれど、私にとっては生理の方が幾分も辛い。
そう云えば咲耶ちゃんも、生理は辛い方だって云ってたっけ・・・
馬鹿・・・馬鹿だ、私。
また泪を押し出すつもりか。
・・・だけど、不思議と泪は出なかった。
不可能よりも、可能だけどしない、と云う方が私にとっては辛いのかもしれない。
カーテンを開くと、光が射して眩しかった。
片手で光を遮り、残った手で窓を開く。
空は快晴。
真っ白な雲が様々な形を作っている。
其れとも、様々な雲が様々な形を作っている、なのかな。
雲は一つしかない物なのか、幾つもある物なのか。
昨日の夜とは違う、心地良い風が部屋の中に優しく吹き込む。
昨日は夜まで閉鎖されていた部屋の中が、新鮮な空気で満たされていく。
とても、心地良い。
だけど。
素直にそう感じられない。
理由は分かっている。
視界を下げたくは無かった。
其れを私はもう、見たくなかったから。
でも、其のままずっと置いておく訳にはいかない。
諦めを感じながら視界を、見ないようにと意識していた物、ベランダの花に目をやった。
「あ、れ・・・?」
私は思わず、目を擦った。
昨日とは違う。
昨日は花は咲いていなかった。
だから、枯れてしまっているんだと思っていた。
でも、でも・・・
―――・・・♪〜♪
レラ、シシソミレ、ドシド・・・
突然、聴き慣れた携帯電話の着信音が響いた。
ベッドのサイドボードに置いてあった携帯電話が、バイブレーションの所為で跳ねていた。
私は携帯電話を手に取ってから、着信相手の名前を見て、驚愕した。
あえて番号を教えなかった相手。
其処に表示される訳が無い名前。
・・・いや、違う。
私は自分で登録したんだ。
一瞬躊躇い、そして私は通話ボタンを押す。
そして、恐る恐るマイクに口を近付け、相手の名前を呼んだ。
「よ、四葉・・・ちゃん・・・?」
胸が高鳴っているのが分かる。
期待。
緊張。
そして、少しの恐怖。
だけど、スピーカーの向こうから聞こえて来た聲は、其れ等の全てを拭い去ってくれた。
「流石は鈴凛ちゃん、正解デス!四葉デスよー!」
あ・・・
四葉ちゃん、だ・・・
四葉ちゃんだよ・・・
嬉し過ぎて即座に認識が出来ない自分に対して、事実を脳内で何度も反響させ、云い聞かせる。
な、何か、云わなきゃ。
「ど、如何して・・・?あ、如何して此の番号を・・・?」
混乱状態の頭の中で、其れだけを何とか云う事が出来た。
でも多分、答えが返ってきたら、もう其の後は何を云えば良いのか予測不可能だ。
「フッフ〜ン♪四葉の、洞察力と観察力と推理力を、侮って貰っては困ります!」
あえて教えなかった番号。
ちょっと調べたからって分かる訳・・・・・・あ・・・
そう、だ。
思い出した。
私は確かに残したんだ。
日本の、私の部屋の、机の、一番上の引き出しの、中に。
でもあそこには鍵が掛かっていた筈。
気が付けば、私の脳内にはクエスチョンマークが飛び交っていた。
そして、妙に懐かしい感覚に陥る。
此の感覚。
此の感覚は、四葉ちゃんと探偵ごっこをした時にも感じた物。
楽しくって、ずっと、ずっと此の瞬間が続けば良いと思った。
あの時も、今も。
「其れに」
クフフッ、と四葉ちゃんは独特な聲で笑った。
「其れに・・・?」
「驚くのは、まだ早いデスよ」
四葉ちゃんは、もう一度笑った。
そして・・・
―――コンコンッ
私の部屋の扉が、叩かれた。
「「お邪魔しまーす」」
「え・・・?」
耳元と扉の方から同時に聞こえた、同じ聲。
扉の方向を振り向いた瞬間、謎は解ける。
開かれた扉。
同時に切れた電話。
「お久し振りです!鈴凛ちゃん!!」
其処に居たのは、他でも無い。
私の家族の一人。
そして、私が最も愛した人の一人。
「あっ、ああっ!よ、四葉ちゃん!!そんな・・如何して・・・?」
私は驚きのあまり大きな聲で四葉ちゃんの名前を口にし、四葉ちゃんに駆け寄った。
すると、四葉ちゃんはフッと微笑う。
そして次の瞬間、私に抱き付いた。
「キャッホー!鈴凛ちゃんだ、鈴凛ちゃんだぁ!!」
「あっ・・・あっ・・・」
顔が一瞬で熱くなる。
憶えてる。
此の感触。
此の匂い。
聲。
姿。
記憶も。
「四葉ねっ、四葉、鈴凛ちゃんの電話番号と住所、イッショウケンメイ探したんデスよ!」
「あ、ご、ごめんね・・・教えてなくて・・・」
私が謝ると、四葉ちゃんはわざとらしくプーッと頬を膨らませる。
「そうデスよ、酷いデス」
「うん・・・だから、ごめん・・・」
四葉ちゃんの躰を強く抱き締め、私は俯く。
自分の胸に当たっている四葉ちゃんの胸が、前よりも大きくなってる事に、其の時気が付いた。
四葉ちゃんも、変わっていっているんだ。
其の変化、知りたかったな。
電話番号を教えておけば、少しだけだけど分かったかもしれない。
でも。
其れでも私は。
「でも、如何して教えてくれなかったんデスか?」
「・・・・・・・・・」
私は返答に困った。
素直に云うべきか、誤魔化すべきか。
・・・そんなの決まってるよ。
「何時でも電話出来るって思うと・・・私きっと、四葉ちゃんに甘えちゃうと思うから」
四葉ちゃんは少し驚いた後、首を傾げた。
何かを云おうとした其の口唇に、私は人差し指で触れ、言葉を制した。
恥ずかしかったから、照れ隠しだ。
此処に残る事は私の為になる。
四葉ちゃんに甘えて、弱くなってしまって日本に帰国してしまったら、其れは私の為にならない。
そうだ。
だから、私は四葉ちゃんに電話番号を教えなかったんだ。
忘れてたよ。
自分の寂しさを作ったのが、自分だったって事も。
「じゃあ次は、四葉ちゃんが答えて。私の引出しの鍵、何処で見つけたの?其れに、如何して此処に?」
私は二つの物を同時に引き換えに求めるのは少々ルール違反かと思ったが、四葉ちゃんはそうは思わなかったようだ。
うーん、と四葉ちゃんは腕を組みながら唸った。
「最初の質問には答えられません。でも、後の質問なら答えられますよ」
私の首の後ろに回していた手を私の顔の前に持って来て、人差し指をフリフリと振る。
「其れはね、とっても簡単な事デス!だって四葉、鈴凛ちゃんに逢いたかったんだもん!」
無意識に、四葉ちゃんを抱く手に力が入った。
今までとは違う泪が、溢れそうだった。
願い通り。
予想通り。
そんな四葉ちゃんの言葉全てが、嬉しかった。
私もだよ・・・四葉ちゃん。
そう云う言葉は云わないでおいた。
多分、泪が溢れてしまうから。
四葉ちゃんの前では泣きたくない。
「あ、もしかして、日本は今頃から夏休み?」
そう云い、私は話題を逸らす。
不自然かと思ったけれど、そうでもなかったようだ。
「そうデス。アメリカの夏休みは長くて良いでしょ?」
日本の夏休みは一ヶ月。
アメリカの夏休みは三ヶ月。
休みが長い事は、逢いたい気持ちを抑える時間が増えると云う事。
でも。
「うん」
私はそう返事をした。
何より、四葉ちゃんに逢えた。
其れだけで、私の今までの切なさは報われた気がする。
「いつまで・・・此方に居るの?」
私が問うと、四葉ちゃんは私の部屋の扉の向こうに少しだけ見えるトランクバッグを指差した。
とても大きい物だ。
四葉ちゃんが日本に帰国してきた時よりも、ずっとずっと大きい物。
一体何が入っているのだろう。
私の思っている事が分かったのか、四葉ちゃんは楽しそうに笑う。
「日本の夏休みが終わるまでずっと、デス♪」
一ヶ月間。
なんて倖せな時間なのだろう。
此れからの時間が、楽しみで仕方が無い。
逢えなかった日々を取り戻したい。
一ヶ月間で、お互いがどれだけ変わったか知り合いたい。
「よろしくデス、鈴凛ちゃん」
「うん。此方こそ、よろしくね」
ねえ、空が近いよ。
とてもとても、近いよ。





ベランダの花は、二度咲く花。
一度咲いて、もう一度だけ咲く花。
私もそうあれば良いんだ。
二度咲いた後も、心の中に咲かせよう。
何度だって、何度だって。
また一ヵ月後には、私は一人に戻る。
でもそうなっても、四葉ちゃんに甘える時も、一人で寂しがる時も。
そんな時があって良い。
両方共、愛せる時。
だって其れは、愛する四葉ちゃんを思う時だから。
流した泪で、花を咲かせよう。
きっと、きっと綺麗な花が咲くから。
だから。
いつかはあの空に、届く私になる。





FIN


【後書】
6月30日。今日は四葉と鈴凛の誕生日の丁度真ん中です。
誕生日に祝わない分、こんな形でしてみました。
分かる方は分かると思いますが『What are you waiting for?』を全て引用し、改良してあります。
ファイル名を見たら分かるように、『Reach for the sky』と同列のつもりで書いた作品です。
登場人物もカップリングも全く違う中で、二つの話の共通点は一つ。
「流れ行く時の中にありながら、止まって見える時期」を描いている事です。
ちなみに、此の話は今まで【完全犯罪】内にある作品の中で、一番後ろの時期に値する話です。

     

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