今日も今日とて平穏無事な日々で御座います、っとぉ。
心の中で呟きながら、あたしは右手から包丁を放り、左手の人差し指と中指で挟んでキャッチする。
そして、空いた右手でフライパンの上に敷いたアルミホイルの上に鮭の切り身を投げ込む。
「ちょっと、サクヤさん。危ない・・・」
其の様子を後ろで見ていた桂が、私を咎める。
「なぁに、平気さ。あたしの反射神経を侮って貰っちゃ困るよ」
そう云いながら私は左手に持っている包丁を曲芸のように回しながら数回投げる。
「だぁかぁらぁっ・・・そんな危ない事してほしくな・・・じゃなくて、わざわざ危ない事しなくて良いでしょ」
「へいへい、相変わらず桂は心配性だねぇ」
「サクヤさんが楽観的なだけ・・・っと」
桂の言葉を遮る様に、部屋の中にチャイムの音が響いた。
来客だ。
私は包丁を水道水でさっと濯いでから流しに置き、鮭を箸で持ち上げて裏面の様子を窺ってからコンロの火を少し弱める。
今日のおかずは鮭の味噌漬け。
私特製の合わせ味噌を塗った鮭を使って・・・・・・って。
「げ・・・」
私は桂の後に部屋に入って来た人物を目にして硬直した。
持っていた箸を思わず取り落とした。
其れが包丁じゃなくて良かった。
桂に感謝・・・じゃなくて。
「烏月、あんた一体何しに来たんだい」
「やあ、サクヤさん・・・何しに、と訊かれても私にも分からないのでね。答えられないな」
そう云う烏月に、桂は襖から出してきて敷いた座布団に座る様に勧める。
マズイ。
荷物を置いて座られたら長く居座られる可能性がある。
長年の経験からそう察し、あたしは其れを防ごうとする。
「そうかい。用が無いならさっさと・・・」
「あ、あのね、サクヤさん」
桂が私と烏月の間と会話の両方に割り込んで入ってきた。
此の子はまた烏月なんかを庇うのかい・・・あたしゃ悲しいよ。
ほら、そんなこんなしてる間に烏月の奴が座っちまったじゃないかい。
「烏月さんは、わたしが呼んだの」
「なんだって・・・?」
あたしは感情が表に出易い方だけど、今のはあからさま過ぎるくらい不快感が表に出たように自分でも感じた。
まあ、『女は妖淫き肌を白地になし』ってね。
隠さない事は良い事さ。
「今はお守りが私の血を隠してくれてるけど、いつかまた切れちゃうんでしょ?」
「あぁ・・・まあ、そうだね」
桂の問いに、烏月が答える。
針で刺された様なチクリと来る怒りが込み上げる。
こう云うのを嫉妬って云うのかねぇ。
「だから、其の時の為に護身術でも教えてもらおうかな、って」
「なるほど」
烏月が納得した様に呟いた。
あたしも納得した。
けど、大人気無いって桂は云うだろうけど、あたしは反論せずにはいられなかった。
「お守りの効果が切れそうになったら、また其処のそいつに《力》込めて貰えば良いだけだろうに」
あたしは睨み付ける様に烏月に視線を移したが、烏月はあたしの気に食わない飄々とした表情で微動だにしない。
「大体ね、桂。お守りに《力》を込めたのは昨日の今日じゃないか。効果はそんなに早く切れないよ」
昨日の今日、と云うのは云い過ぎたかも知れない。
けれど、以前は効果は十年以上持続していた訳で、其れに比べれば数ヶ月なんて最近と云っても良いだろう。
「其れは知ってるけど・・・善は急げだよ。其れに毎回烏月さんに迷惑かける訳にもいかないし・・・」
「護身術云々で呼び付けるのは迷惑じゃないって云うのかい?こいつには葛から下った任務だってあるだろうに」
「うっ・・・」
言葉に詰まった桂は、助けを求める様に烏月に視線を移す。
「桂さん、私は迷惑だなんて思ってないよ。其れに、今は鬼切り役としての任務は課せられて無いからね」
「ちっ」
あたしは当て付けがましく舌打ちをする。
烏月の返答を聞いて、桂は嵐が去った後の昊の様な清々しく誇らしげな表情になった。
「私もあれ以降、桂さんが鬼に狙われていないか気になっていたし、其れは葛様も同様のご様子」
「葛ちゃんも心配してくれてるんだ・・・わっ、わたしって倖せかも」
桂の言葉通り倖せそうな表情を見て、多少の不快感を感じながらアルミホイルの上の鮭の切り身を裏返す。
別に桂の表情自体が不快なんじゃなく、其れを齎したのが他でもない烏月だったからだが。
あぁ、そうだ。
烏月を出来るだけ桂と会話させない様にすれば良いのか。
って、其れも其れで、なぁ。
「葛と云えば・・・そうそう烏月、あいつは如何なったんだい」
「奴ですか。奴なら、若杉グループが身柄を保護しています」
名前を出していないのに話が通じる辺りは、流石腐れ縁ってやつだ。
其れにしても、相変わらずこいつは此の手の話をする時は露骨に不快そうな顔をする。
まあ、当然っちゃ当然、か。
「鬼に憑かれていたとは云え、罪は罪ですので相応の対処は免れられないでしょう」
罪、と云う単語に反応して、桂が眉をハの字に歪める。
「うぅ・・・やっぱり窃盗罪とかとは比較にならない程大変なんだね」
「でも、警察に身柄を保護されるよりは幾分もマシだろうよ」
・・・ダメだ。
桂の、親しい人間の物事に首を突っ込む好奇心の前には、あたしの努力も無駄に帰す。
元より、あたしと烏月の共通した話題の少なさが仇となって此れ以上の会話は望めさそうだ。
鬼切り役との会話にゃ、如何したって鬼の話題が出てきちまうからねぇ・・・
「で、烏月。あたし達は見ての通り此れから昼食なんだけどねぇ」
わざとらしく、いやらしく、あたしは烏月に向かって『さっさと出てけ』と云う副音声付きで云う。
「えぇ、其の様ですね。確かに、サクヤさんの云いたい事は察せますし、同意出来ます」
数分前に置いたばかりの荷物・・・維斗を筆頭に学生鞄程度の大きさの黒い鞄を持ち、烏月は立ち上がった。
其の横に居る、あたしが烏月に送った副音声を読み取れなかったらしい桂は、状況を飲み込めずに戸惑っている。
「え?え?如何云う事?」
そう云いながら、あたしと烏月の表情を交互に窺う。
其の様子が可愛らしく、あたしは両端が吊り上がる口を隠すように、コンロの方を向いた。
食器の入った戸棚から適度な大きさの皿を二枚取り出し、其れにフライパンの上から一枚目の鮭を移す。
「桂さん、サクヤさんはね、貴女と二人きりで昼食を摂りたがっているんだよ」
「ぶっ」
あたしは二枚目の鮭を取り落とした。
フライパンから持ち上げた瞬間だったので、フライパンの上に落ちたのが幸いだった。
エプロンに油が跳ねて染みを作ったのは、普段そんなミスをしないあたしとしてはよろしく無いが。
「なっ・・・烏月、何であんたはそう云う誤解を招くような云い方しか・・・っ」
咄嗟に振り返りあたしは反論するが、顔が赤くなってると何とも恥ずかしいので口から頬にかけてを手で覆う。
「まあ・・・そう云う事だから、私は小一時間程失礼させて頂くよ」
そう云うと、烏月は部屋の出口まで歩んで行く。
「あ、でも皆で食べた方が楽しい昼食になると思うよ、きっと」
「桂・・・用意も何も無しに客人を持て成そうとするんじゃないよ。状況を見て云いな、状況を」
あたしは先程フライパンの上に落とした鮭を、残ったお皿に乗せながら云った。
ドアノブに手をかけた烏月は其処で一旦立ち止まり、桂に向かって振り返る。
「桂さんも、察してあげなよ」
「え、あ・・・はい」
何だか良く分からないがとりあえず返事をしてみた、と云った様子の桂を見て烏月は苦笑を残し扉を開いた。
「失礼しました、桂さん、サクヤさん。良い昼食を」
そして扉が閉ざされた。
「ふぅ・・・やっと帰ったかい」
あたしの安堵の呟きに、桂は頬を膨らませて非難する。
「もう、サクヤさん駄目だよ、お客さんにそう云う態度してちゃ」
「あんな奴、客でも何でも無いさ。ほら、鮭焼けたよ」
烏月に対してのあたしの態度が改善されないのに諦めたのか、桂は其れ以上は責めて来なかった。
早く昼食にありつきたいから静かになった、って可能性も否定出来ないけれどねぇ。
あたしはエプロンを外してから、予め用意してあった野菜郡を皿に盛り、食卓に乗せる。
米やら箸やらは桂が既に用意してあったので、あたしが座ると同時に、二人で手を合わせた。
「「いただきます」」
他人に料理を作った後の癖・・・なのか如何かは分からないが、あたしはまず桂の反応を見る。
先ずおかずのメインである鮭に箸を付け、ご飯に乗せてから口に運ぶ。
数回噛んでから、桂は右頬を箸の持った右手で抑えた。
「おいひ〜」
そりゃあ当然。
と、胸を張りながらも小さくガッツポーズをとるあたし。
そんな小さな行動に目敏く気付いた桂は、顔を赤くした。
「もしかしてサクヤさん・・・また見てた?」
そう云いながら、桂は右頬に当てた右手で両頬を隠そうとする。
「勿論。あたしの食前の楽しみの一つだからねぇ」
「止めてよ、恥ずかしいなぁ」
笑いながら、あたしは今日の昼食一口目を運ぶ。
ふむ、流石はあたし、美味い。
しっかりと味わいながらも、あたしは次々におかずとご飯を口の中に放っていく。
「そういえばサクヤさん」
箸を止め、桂は徐にあたしの名前を呼ぶ。
「ん?」
物が入っているのでまともな返答は出来なかったが、あたしは視線で反応している事を桂に知らせた。
「烏月さんの云ってた、察してあげな、って・・・何を察せば良いのかな?」
「ぅん・・・・・・ごふっ」
一瞬考えてから、あたしは咽る。
そりゃあ、あの流れで察せと云えば、一つ。
あたしの気持ちじゃないかい。
あのお節介焼きめ・・・
「だっ、大丈夫!?」
胸をドンドンと力一杯叩きながら、あたしは頷く。
「げほっ・・・だ、大丈夫大丈夫」
数回咳き込んだ後、今度は一段落付ける意味で大きく一回咳き込む。
「桂。あんたにとって烏月や葛はどんな存在だい?」
「友達」
あたしの問いに、桂は即答する。
まあ、想像通りの回答だったのであたしは質問を続ける。
「じゃあ、あたしは?」
桂は、うーん、と口に出しながら数秒悩む。
「・・・家族?」
「はぁ・・・何で疑問系なんだい?」
少し肩を落としながら、更に問い返す。
「だって、お母さん達みたいに血が繋がってる訳じゃないけど、一緒に住んでる訳だし・・・」
「そうかい」
間違っちゃいないし否定する気も無いから、あたしは納得の意味でそう反応した。
其れを桂は不満と取ったのか、今度は逆に質問してきた。
「じゃあ、サクヤさんはわたしのどんな存在になりたいの?」
おっ、来た。
あたしはにやりと悪戯っ子の様な笑みを浮かべてから、違和感を少なくする為に考える振りをする。
「そうさねぇ・・・」
そう云いながら、躰を桂に近付け、触れられる距離まで縮める。
そして、桂の顎を人差し指と親指で摘んだ。
「恋人・・・なんてのは如何だい?」
其の台詞を聞いた瞬間、あたしの行動を不思議そうに見ていた桂の顔が、真っ赤に染まった。
「なっ、な、な・・・サクヤさんっ!?」
まるで・・・いや、あからさまにあたしから逃げるように、桂は座ったまま後退りをする。
別に血を狙ってる訳でも無いのに、失礼しちまうよ、全く。
・・・いや、そりゃちょっとは・・・あー、結構血も欲しいさ。
まあ、どちらにせよ。
「可愛いねぇ、桂は」
あたしの本心からの言葉だったのだが、桂はからかわれたと思ったのか、桃色の頬をぷぅと膨らませた。
「・・・冗談?」
「冗談じゃないよ」
あたしは其の言葉と同時に笑みの表情を掻き消す。
すると桂の表情も、頬の色は其のままに真剣な物になった。
「じゃあサクヤさん本気なの?私の恋人になりたい、って」
自分で云っておいて今更だけど、そう云い変えると先刻のは愛の告白ってやつになるのか。
そう認識を改めると此方まで気恥ずかしくなってきちまう。
まあ、もう後戻り出来ない訳だし、其れに・・・
「桂はあたしにとって魂の依代のようなものだからね。最も親しい存在になりたいって云うのは本心さ」
「依代・・・」
桂は呟く様にあたしの言葉の一部を繰り返す。
「意味は知ってるだろう?何だったら依存してる、って置き換えても構わないよ」
依存。
他者に依る事で存在意義を定義する事。
あたしの存在を定義してくれる他者ってのは他でも無い。
「あたしの故郷には何も無いし、誰も居ない。だからあたしの京は桂。あんたなんだよ」
箸でぴっと桂を示す。
普段なら行儀悪いだの何だのと文句をつけてくる桂だが、状況的な問題で其れをしなかった。
「え・・・えっと、経観塚は?」
一瞬視線を宙に泳がせてから、桂はあたしに問う。
もしかして桂は、あたしに好かれるのが嫌なんじゃないかい?
自分に問うてみて、少し自己嫌悪に陥る。
いや、違う。
桂は単に困ってるだけで、あたしは其れを楽しんでいる。
不安になる必要なんて無い。
纏わり就く負の念を振り切るように、そう自分に云い聞かせ納得させる。
「あそこは第二の故郷さ。還るべき場所じゃない。笑子さんも真弓も逝っちまったし、ね」
精神を落ち込んでいた所為か、自然とそんな言葉が口を衝いて出てきた。
「変わっちまったからねぇ・・・」
あたしはしまったと思い、口を抑えようとして、止めた。
いつまでも此の話題を逸らそうと思っても意味が無いし、逃げるのは性に合わない。
みんな変わっちまった。
経観塚も、あたしも、桂も。
「いいや・・・そうじゃないか」
笑子さんに依ってたあたしが、笑子さんがいなくなって真弓に依って、桂に依っている。
其れは、依代が変わっても、あたし自身は変わって無い事を意味していた。
「あたしは変わらない」
あたしは自分の手を見つめる。
覚醒すれば爪が伸び、其れはモノを切り裂く為のモノだ。
そう云う、あたしは変わらない。
変えられない。
「わたしだって変わらないよ」
桂はにっこりと微笑み、其の後で少しもじもじしながら言葉を紡ぐ。
「サクヤさんの事、好きなのはずっと変わらないよ」
「・・・・・・・・・」
あたしは何て云ったら良いのか分からなくて、黙り込んだ。
すると桂は慌てふためき、両手を顔の前で勢い良く振る。
「あっ、す、好きって云っても、変な意味じゃないよ」
「・・・・・・・・・」
あたしは未だ言葉を選べなくて、ただ桂の頬を両手で包む。
はぁ・・・何だろうね。
やっぱり大切だよ、此の子は。
「サクヤ・・・さん?」
桂の眼差しがあたしを正気に戻す。
何やってんだい、あたしは。
「桂」
名前を呼ぶと同時に、自分の意思も固くする。
「あたしは変な意味であんたの事好きさ。自分でも変だって思ってるんだけどねぇ」
「・・・っ」
桂の顔が、目も当てられないほど真っ赤に染まった。
正式な、愛の告白。
ただ、あたしは其れを何故か他人事を眺めている様に感じていた。
そう成る事が縁の糸に依って導かれた事で在るかの様に。
「わたし、良く分からないよ・・・」
桂の言葉が、冷たい水の雫が顔に当たったかの様に、意識を混沌から掬い上げた。
やっぱり理解はしてもらえないか・・・
そりゃそうさ。
あたしは愛情って物が性別を越えるって悟れるほど生きてきたけれど、桂はそうじゃない。
少なからず、そう成る切欠も無かっただろうし、其れだけの思惑を巡らせた事も無いんだろう。
恋愛なんかにゃ疎い娘だったからねぇ・・・
って、他人の事云えないか。
何でこんなに自分が落ち着いているのか、あたしには分かっていた。
理解されなかったのに。
ただ、其れでも。
「でも、嬉しいな」
桂はきっと、受け入れてくれるから。
「わたし、サクヤさんの事、もっと好きになってみせるからね」




書き終えた後の達成感が無いのは何でだろう・・・徒然なるままに書いたから・・・?
元々のゲームが続きへと継いで行く形式の為、仕方が無いと云えば仕方が無い。
でも、其れを利点と取るか欠点と取るかはお任せします。

     
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