衛と喧嘩をした。
大した理由じゃない。
夕食を作っている白雪ちゃんを手伝って火傷した衛に、大丈夫?、と訊いただけだ。
あとは、

『大丈夫だよ、此の位の火傷なんて跡が残るわけじゃないし』
『跡が残る残らないの話じゃないの。女の子なんだから、もっと周りに気を付けなさい』

実際はもう少しきつめの云い方をしたかも知れない。
そんな感じの会話の後、急に衛が怒り出した。
その後、衛の『さくねえには関係無いよ』と『さくねえの馬鹿』と云う言葉にカッと来て、今自室に篭っている。
ただ単にその時はイライラしていただけなのかもしれない。
結局夕食にも手をつけていない。
まるで子供の喧嘩だ。
あまりに馬鹿馬鹿しくて、謝りに行くのさえ躊躇してしまう。
寝る時間には未だ早いので、ベッドの上でファッション雑誌を読み始めた。
こんな気分じゃ、どの洋服も見ても良く思えない。

「お腹・・・空いた」

私はそう呟き、ベッドにうつ伏せになって枕に顔を埋めた。





『女の子なんだから』

ボクが女の子である事。
それはボクのコンプレックスの一つであり、逃れられない現実でもあった。
だからこそ指摘されると、現実から目を背けようとしている自分を思い知らされる。
それと同時に、ボクの中で女の子として一番尊敬している人に近づこうとしている自分を自分自身が否定してしまう。
今こうして暗い気分で夕食を摂っているのも、それが原因だった。

「まもちゃん、今日は食べるの遅いんじゃない?どしたの?」

鈴凛ちゃんがそう云いながら、フォークにスパゲティを絡ませたまま止まっているボクの右隣の空いている席に座った。

「あ、分かった。咲耶ちゃんと喧嘩でもしたんでしょ?」

「ど、如何して知ってるの!?」

ボクは丁度真正面に座っている、喧嘩した際にその場に居た白雪ちゃんを横目で見た。
白雪ちゃんは一瞬驚くと、右手を違う違うと三回振った。
視線を元に戻すと、鈴凛ちゃんが小悪魔のような笑みを見せていた。
それはさくねえがボクの事をからかおうとしている時に似ていた。

「当たり、なんだよね。話してくれる?」

「・・・・・・うん」

ボクは隠しても意味が無いと思ったので、観念して頷いた。
一人で強がっていても、ボクは寂しいんだ。
誰でも良いから・・・聞いて欲しい。
今の気持ちを誰かと分かち合いたいんだ。
それがさくねえだったら、どんなに倖せなんだろう・・・
頭の中が可笑しくなってしまいそうなくらい、さくねえの事で溢れていた。





―――――トントン。
ボクはさくねえの部屋のドアを軽く二回ノックした。
鈴凛ちゃんに云われて、さくねえの分の夕食を渡しに来たのだ。

「さくねえ・・・居ますか?」

もしかしたら居ても返事が返って来ないかも知れない。
そんな予想を他に、直ぐに返事は返ってきた。

「入って良いわよ、まも」

少し不機嫌そうなのは聲の雰囲気で分かった。
ボクは恐る恐る部屋の中に入った。
毎日のように変わる、さくねえの部屋のお香の匂い。
今日はローズマリーだった。

「あの・・・晩御飯、持ってきたよ」

「ありがとう。机の上に置いておいてくれるかしら」

さくねえはベッドの上のクッションに寄り掛かりながら、そう云った。
ベッドに伸ばしている白くて長い両足。
艶のある、茶色の掛かった長い金髪。
胸は豊かなのに腰は細くくびれていて、同性のボクでも憧れてしまうような、ボクのお姉ちゃん。
かなり短めのスカートからは下着が見えそうで少し恥ずかしかった。
そんな事を考えながら、ボクはさくねえの綺麗に整頓された机の上にトレーとスパゲティ、それにカモミールティーを置いた。
スパゲティは冷めてしまっていたので、レンジで温めてきた。

「お邪魔・・・しました」

ボクはあえて何も云わずに部屋を出ようとした。
それは、ただ逃げてるだけだ、と自分でも思った。

「待って」

ベッドを通り過ぎようとすると、背中の方からさくねえがボクの事を呼び止めた。
ボクはある事を決心しながら振り向いた。
すると、さくねえは気まずそうに目を逸らして立ち上がった。

「ちょっと話を聞いて・・・くれないかしら」





「あの・・・まも、先刻は・・・」

「そっ、その事なんだけど、ホントに・・・ホントにゴメンッ!」

衛が私の言葉を打ち消して、そう云った。
何で何時もこの娘はこうなのかしら・・・
衛の顔を見たら、イライラも何もかも消え去ったような気がする。
衛と居ると、私のペースが崩れてしまう。
だから先刻もイライラしていたのかな?
私の手が届かないトコロで衛に何か起こるのが嫌だった。
私の傍から離れないで欲しいのに、上手く噛み合わない事への焦燥の所為で衛が嫌がるような事を云ってしまった。
素直に自分の気持ちを表す事を躊躇ってしまうようになっていた。
何も云わずに分かり合えていた昔とは変わってしまった・・・私も、衛も。





「謝るのは・・・私の方よ。ごめんなさい、まも」

お願い、謝らないで・・・
ボクの不注意の所為でこうなったのだから、ボクの責任なのに・・・
さくねえは何時も・・・そう、昔からボクの責任とか悲しみとかを半分にしてくれた。
心の中では感謝してても、自分の情けなさが腹立たしくてうまく笑えない。
さくねえの優しさを素直に受け止める事が出来なかった。
けど、今なら多分平気。

「さくねえ、ボクはね・・・さくねえの妹だけど、さくねえの物じゃないんだよ」

「・・・ええ、そうよね」

さくねえは悲しそうな、期待しているような複雑な表情をした。

「だから、ボクはボクの意思で考えられる。ボクの意思でさくねえに云いたいんだ」

ボクは改めるように息を吸って気持ちを落ち着かせた。

「さくねえの事好きだから・・・ボクはさくねえに嫌われたくない・・・んだ」

何でかな・・・
泪が出てきた。
嬉しい筈なのに・・・
何でかな・・・





何時も、そう何時も衛は私が泣きそうな時、先に泣いてくれた。
楽しい時は、先に笑ってくれた。
だから私も隠す事無く、感情を表に出していた。
いつごろから、狂いだしていたんだろう。
衛の手を引っ張って、保護者を気取っていた。
それで、衛を自分と対等に見なくなっていた。
何時も頼りない衛、それを引っ張っていく私。
此れが間違えて辿り着いた結論だった。
だから自分の気持ちを否定して、保護者と云う地位から変わらないようにしていた。
衛は私から離れていく事は無い。
衛の事を全て知っている。
そう信じるようになっていた。
なのに・・・だから、かな。
少しの喧嘩をしただけで、自分の一部が欠けてしまったように胸が苦しい。

「衛・・・」

私は衛の頬を伝う泪の雫を右手の人差し指で拭った。
自分の目から溢れてくる泪も拭わずに、衛を抱き締めた。





ボクはさくねえを頼りすぎてたんだ。
ボクの全てを知っていてくれてると思っていたんだ。
そんな訳ないのに・・・そんな訳ないのにね・・・
だから、全部さくねえが解決してくれると思っていた。
ボクの弱い所を補ってくれると思ってた。
けれどそれとは逆に、迷惑を掛けないように無理して背伸びをしている自分も居た。

「さくねえ・・・」

泣かないで。
貴女の泪は見たくないから。
なのに・・・なのに、さくねえがボクと一緒に泣いてくれてる事を嬉しく思ってしまうんだ。
今回はボクとさくねえって云う、大きさの違う歯車がすこし噛み合わなかっただけ。
何時かまた、擦れ違う時が来ると思う。
けど、良いんだ。
其の度に、さくねえにもボクと同じで弱い所があるんだって分かるから。
そして、それを補えるのはボクしか居ない。
ボクを補えるのはさくねえしか居ない。
お互いが相手に合わせて変わっていければ、良いんだよね?
一緒に居れば変わっていけるよね?
それに、ボク達は一緒に居るだけで倖せなんだ。
一緒に居る事が倖せなんだ。
だって、それはお互いが望んでいる事だから。
ずっと望んでいる事だから。
だから、今ボクは倖せなんだ。
変わっていける事が倖せなんだ。
多分さくねえも同じ。
そうだよね、さくねえ・・・
ボクはさくねえの口唇に自分の口唇を重ねた。

























―――――大好きだよ・・・









FIN


倖せな日々をずっと続けるなら、お互いが相手に合わせて変わらなければならない。
相手に合うように変わったとしても、また時がお互いを変えて行く。
なら、また二人が変わっていけば良い。
頼りすぎてもいけない、相手を頼らなさ過ぎても成立しない。
要は二人のバランスが取れているか否かだと緋翠は思います。
結局、一人では如何足掻いても短所を補う事は出来ないでしょうけどね。
2001.12.07 【最終更新:2001.12.08】

     
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