明日も、学校だ。
いつもだったら今の時間にはもう眠くなって寝ちゃってるけど、今日は違う。
ボクはベッドの上をゴロゴロと転がりながら、思い出す。
『君に・・・・・・見せたい物が・・・・・・あるんだ・・・』
今日の朝ご飯の時、千影ちゃんはそう云った。
ううん、千影ちゃんにそう誘われた、の方が良いのかな。
誰に対して云っているのか、言葉だけじゃ分からないけど、ボクは分かった。
だって、聲を顰めて、ボクにだけ聞こえるように耳打ちをしていたから。
ボクはそんな千影ちゃんの様子に、ちょっとの新鮮さと可愛さを感じた。
そして一息置いてから、『二人だけの秘密』のように感じて、くすぐったいような、思わず微笑みたい感覚になる。
だから、ボクは隠さずに微笑んで答える。
『うん、良いよ』
其れを聞いた千影ちゃんは、微笑ってくれた。
先刻まで千影ちゃんの表情に不安があった事に、ボクは其処で初めて気付いた。
そして千影ちゃんはこう云った。
『じゃあ・・・・・・夜になって時間が空いたら・・・・・・何時でも良いから私の部屋へ来てくれ・・・』
時間が空いたらって、今なのかなぁ・・・
千影ちゃんの云う『夜』が何時くらいからなのか自信が持てず、ボクはこうして時間を持て余してしまっている。
ふと時計を見ると、悩んでいる内に針はもう十時を示していた。
此れ以上時間が経つと、夜ではなくて深夜と呼ばれるのかもしれない。
「よしっ!」
ようやく考えがまとまって、ボクはベッドから立ち上がった。





U+K





「千影ちゃん」
名前を呼びながら、千影ちゃんの部屋のドアを三回ノックする。
すると、すぐにドアは内側から開かれた。
其の後に、薄暗い部屋の中から、千影ちゃんの聲が聞こえた。
「やあ・・・・・・衛くん・・・・・・よく来てくれたね・・・・・・」
同時に、肩にポンと手が置かれる。
反射的に振り返り、ボクは大きな聲を出してしまった。
「わっ、わわっ、ち、千影ちゃんっ!」
其処には、部屋の中にいるものだと思っていた、千影ちゃんがいた。
「如何したんだい・・・?そんなに驚いて・・・・・・」
ボクの様子を見て、千影ちゃんはおかしそうに微笑った。
「だって・・・あ、あれ?じゃあ、先刻ドアが開いたのは・・・?」
「ああ・・・・・・あれは・・・」
頷き、千影ちゃんは部屋に向けて左腕を、床と平行になるように伸ばす。
すると、何かが千影ちゃんの部屋の中から飛び出してきた。
其れは千影ちゃんの腕に留まると、大きな漆黒の翼を広げる。
「か、影千代・・・」
其の正体が分かった事と、先刻扉が開いた理由。
二つの理由が分かって、ボクは思わず大きく頷いた。
「ときに・・・・・・衛くん・・・・・・」
名前を呼ばれ、改めて千影ちゃんを見た時にはもう、影千代の姿は何処にも無かった。
「な、なぁに?」
今度は驚きを見せないように努めたつもりだったけど、どもってしまってやっぱり笑われた。
だけど、千影ちゃんはあえて何も云わずにいてくれた。
「今、時間はあるのかな・・・・・・?」
そう云われ、どのくらいの時間が必要なのかな、と思ったけど、ボクは頷いた。
「うん。平気だよ」
「じゃあ・・・・・・行こうか・・・・・・・・・安心して・・・・・・時間は取らないから・・・・・・」
千影ちゃんから差し伸べられた手に、ボクは自分の手を重ねる。
ギュッと握ると、千影ちゃんは頬を赤く染めた。
「い、行こう・・・・・・」
もう一度云い、千影ちゃんはボクの手を引いて歩き出した。





「あー・・・・・・」
玄関から外に出るなり、千影ちゃんは珍しく変な聲を出した。
如何したの、と訊こうとしたけれど、千影ちゃんの表情が曇っていたので、止めた。
千影ちゃんの視線が空に向いている事に気付き、ボクも同じように見上げる。
そして、気付いた。
「あ・・・」
空が曇っている。
そう云えば、今日は・・・
「ち、千影ちゃん・・・見せたかった物って、やっぱり、そう、だよね?」
「・・・ああ・・・・・・」
千影ちゃんの視線は空からゆっくり下りていって、遂に地面まで到達した。
今日は、七夕。
そうだ。
ボクは千影ちゃんと約束した事があった。
一年前。
また一緒に七夕の夜に天の川を見ようね、って。
「すまない・・・・・・衛くん・・・・・・如何やら・・・・・・見せられそうにない・・・・・・」
千影ちゃんの自嘲するような微笑みが、胸に痛かった。
誰も千影ちゃんを責めていないのに、千影ちゃん自身が自分を責めている。
約束が無ければ、そうはならなかったのに。
だから。
ボクが何とか、しなきゃ。
ボクは、咄嗟に思い付いた行動をした。
「ま、衛、くん・・・」
千影ちゃんは突然抱き付いたボクに驚き、反射的に引き離そうとしたけれど、すぐに止めた。
「・・・良いよ。だって千影ちゃん、約束覚えててくれたもん・・・」
何で、そんな事しか云えないんだろう。
ボクって、バカだ。
先刻まで、約束覚えていなかったクセに。
でも、良いんだ。
「・・・・・・ありがとう・・・・・・衛くん・・・・・・」
千影ちゃんの表情が、困った顔から微笑みに変わる。
こうやって、千影ちゃんが微笑ってくれるから。
千影ちゃんが微笑ってくれるなら、ボクはボクを許しても良い。
「えへへ・・・ボク、千影ちゃんの其の顔、好き」
ボクがそう云うと、千影ちゃんは自分の顔に指先で触れて、苦笑した。
「ありがとう・・・・・・」
背中に腕が回される。
千影ちゃんの、腕だ。
女の子の、柔らかい感触。
抱き締められているんだ、ボク・・・
「だ、だから、ね。約束しよう?」
ボクは恥ずかしくて俯いてしまいたくなるのを堪えて、言葉を振り絞る。
「・・・約束・・・・・・?」
ボクの言葉の一部を、千影ちゃんは呟き返す。
頷き、そして約束を口にする。
約束で千影ちゃんを縛りたくは無い。
でも、此の言葉が千影ちゃんを縛っても、ボクは後悔しないと思う。
・・・ちょっと、間違ってるかな。
でも、ボクは千影ちゃんの微笑みを見たいんだ。
其れだけ。
其れだけ伝われば良い。
だから・・・
「微笑ってて、千影ちゃん」
去年とは違う、今年の約束。
来年もそうでありたいな。
・・・なんて、ね。





FIN


【後書】
七夕と聞いて、即思い付いたお話でした。
瞬間的に思い付いたので、今までで一番構想の時間が短いです。

     

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