The ROSE 〜Melody in the sky〜



「四葉ちゃん、最近何か様子変じゃない?」
「そう?ボクは何時も通りに見えるけど・・・如何変なの?」
「溜息の回数が増えた、とか」
「あ、それは・・・あるかも・・・」
「でしょ?」
「うん・・・如何したんだろう・・・」
「けど、私最近少し気になるのよ」
「なにが?」
「何か大切な事を忘れちゃったんじゃないか、って・・・」
「え、さくねえも!?」
「衛もなのね。なんだったかしら・・・」



誰も憶えていない、貴女の事を。
貴女は遠くに行ってしまった。
貴女はこの出来事を『呪い』と云った。
そして、こう付け加えた。

『もうすぐ私は君達の周りから姿を消して、君達は私の事を忘れるだろう』

けど、私は憶えている。
貴女の名前も貴女の姿も、貴女の温もりも。
貴女は空気のように常に私達を見守っていてくれた。
だからこそ、いなくなったら苦しくて、息が出来ない。

「千影チャマ・・・何処に行っちゃったんデス・・・?」

貴女の部屋のドアを開ける。
みんなは其処に部屋がある事さえ憶えて居ないけど、私は知っている。
何時でも闇に包まれていて、薔薇の香りが常に漂っている。
貴女の落ち着いた雰囲気が、私の気持ちを昂ぶらせ、鼓動を早くさせる。

会いたい会いたい逢いたいアイタイ・・・

貴女が居なくなった日から、何時も貴女がカードを置いていたテーブルの上に薔薇の花が現れた。
その花にそっと口付けする。
それが貴女に繋がっているような気がするから。
けど、その行為が残すものは悲しみだけなのも知っていた。
泪は流さない。
貴女との思い出が泪の雫と共に零れ落ちないように。

何故忘れさせてくれなかったの?
いっそ、忘れさせてくれればこんなにも苦しくはなかったのに。

次の日も貴女の部屋を訪れた。
私はまだ気付いていなかった。
薔薇の花が少しずつ枯れてきている事に・・・

その次の日も、何時ものように薔薇の花に口付けし、貴女の椅子に座って貴女との思い出を頭に浮かべる。
異変に気付いたのは、更に次の日だった。

貴女の部屋で思い出した出来事は、朝起きると思い出せなくなっていた。
私は貴女の部屋に駆け込んだ。
薔薇の花は茶色に染まりかけて、花びらが一枚落ちていた。
様々な思い出が走馬灯のように頭の中に浮かび上がってくる。

「だ・・・だめ・・・思い出しちゃ・・・だめ・・・」

私の躰を支える両足はガクガクと震えていた。
思い浮かべた思い出が薔薇の花に消えていく事に気がついたからだ。
そして、咄嗟に貴女の部屋のドアを開け、外に出た。

次の日も、やはりその場所に足を運んだ。
そして、ゆっくりとドアを開ける。

机の上の薔薇の花びらは四枚しか残っていなかった。
自分がこの場所に来れば来る程、別れが近づくはずなのに、私は今も此処に居る。
もう貴女の名前も思い出せないはずなのに、此処に居る。

次の日も、次の日も・・・

だが、不思議な事に薔薇の花はそれ以上枯れる様子を見せなかった。
全てを思い返しても枯れ切る事はなかったんじゃないか、と思い始めたその日の夜。



貴女が居た。
何時ものように黒いゴシック風の服に身を包み、何時ものようにあの椅子に腰を掛けている。

「やあ・・・・・・久し振りだね・・・」

「あ・・・・・・ち、千影チャマ!?」

忘れていたはずの貴女の名前を思い出す。
あなたの後ろでは机の上の薔薇の花が、ほのかに光を発していた。
薔薇の花へと消えていった思い出も全て流れ込んでくる。

「正確には・・・・・・君の記憶の中の私・・・・・・だよ・・・・・・」

「帰って来てくれたんデスね!?」

貴女の表情に曇りが落ちる。

「違うよ・・・・・・」

「・・・え?」

訊き返しても、貴女は悲しそうに首を横に振るだけだった。

「明日・・・・・・この薔薇は最後の花びらを・・・・・・落とす事になる・・・・・・」

そう云って、貴女は薔薇の花に手をかざした。
薔薇の花は、既に二枚落ちていた。
更に、私の目の前で花びらが一枚ゆっくりと散り始める。
重力に抵抗するかのように、ふわりふわりとゆっくり落ちていく。

「そうなったら・・・・・・この部屋は・・・・・・君の目にも映らなくなって・・・・・・君は全て忘れ・・・・・・全てが元に・・・」

「い・・・いやデス!千影チャマの事、忘れたくないデス!」

貴女の言葉を切るように言葉を発した。
貴女が喋るたびに、貴女が遠くに行ってしまうような気がしたから。

「ごめん・・・ね・・・・・・私でもこの事実だけは・・・避ける事が出来なかったんだ・・・・・・全部分かっていた筈なのに・・・」

貴女は辛そうに自分を責め、それでも私の躰を優しく介抱してくれた。
とても綺麗な顔をすまなそうにする貴女を責められるわけもなく、私は自分の無力を憎んだ。
貴女の口から紡がれる言葉の本質を理解し切る事は出来なかったけど、一つだけは分かった。
貴女ともう逢えないと云う事。
それは、あと二回月が姿を消したら自然的に起こる、既に過去の出来事。
悠久とも思えるほど感じて居なかった貴女の温もりが二人で一緒に居られた日々を懐かしくさせる。

「ちか・・・げチャマぁ・・・」

流さないと決めていた泪が溢れ出て、視界をぼやけさせる。

「うわあぁぁん!千影チャマぁ!・・・ひっ・・・く・・・う、ええぇぇぇん!」

私は子供のように大声を出して泣いた。
貴女はそれをただ、黙って抱き締めていた。



次の日、私は貴女の腕に抱かれながら目を覚ました。
貴女は泣き疲れて眠ってしまった私を一晩中そうしていてくれていたらしい。

「千影チャマ・・・」

「・・・なんだい?・・・・・・ふふっ・・・四葉ちゃんの寝顔は・・・・・・相変わらず可愛かったよ・・・・・・・」

私は照れて、貴女の胸に顔を埋めた。
貴女は珍しく驚いた顔をしたが、またすぐに抱き締めてくれた。
そう、何時もはこうして二人で寄り添う事が出来たはずだった。
そして、それはこれが最後になる。

「千影チャマ、今日は一日中此処に居て良いデスか?」

「ああ・・・・・・勿論だよ・・・・・・」

貴女はそっと私の額にキッスをしてくれた。
少し前まで毎日してくれていた事が、限りなく嬉しく感じる。
今日一日、貴女に悲しさや弱い所は見せたくなかった。




















今日一日の間、過ごしたそれらの出来事は全て日常であった事だった。
その日常が失われるのは怖い。
だけど、もっと怖いのは、その日常を忘れてしまう事だった。
失われても、過去形であっても思い出す事が出来る。
忘れてしまったら、思い出す事すら出来ない。
怖い、と云う思いを全部無くしてくれる貴女の温もり、それを忘れてしまうのが怖い。




















次の日。
私は自分の部屋で目を覚ました。
私が朝食を食べに姿を現すと、何故かみんな、昨日は何処に行ってたの?と訊いてきた。
昨日、昨日はね・・・・・・



「まもチャマ、此処って何かあったデスか?」
「え?何も無いよ、だってただの壁じゃない?」
「そうなんデスよ・・・けど、探偵のカンが何かあるって云ってるの!」
「ふ〜ん、じゃあボクも手伝おっか?」
「あ、それはダメです!事件の一つくらい、一人で解決出来なかったら名探偵って云わないもん!」
「それ以前に事件なんて起こってないと思うけど・・・」
「むぅ〜、四葉のカンが事件だって思ったら事件なの!」
「あ、あはは、そうなの?」
「そうデス!」



楽しさ、嬉しさに比例して、悲しみは増える。
しかし、悲しみは避ける事は可能である。
悲しみは忘れる事が出来る。
そして、もっとも悲しい事は悲しんだ事さえ忘れてしまう事だ。

FIN


千影がいなくなった後の話です。
千影の事だから、皆が悲しまないように呪いくらいは掛けるだろう。
で、千影の存在自体を忘れさせる呪いみたいのを掛けさせてみました。
四葉は他の妹よりも千影に関わっていた
(と云う事にしておいてください)ので、
呪いに対して思い出が対抗して消えていく、っていう設定。
四葉は千影にゾッコンだと緋翠は勝手に思っているので、
今度はラブラブな二人も良いな、なんて思ってます。
2001.11.11 【最終更新:2001.11.14】

     

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