HELLO MY LIFE






二月十一日。
私の親族である一人が生誕を迎えた日。
そして全ての星達が一つの鳥篭に集まった一瞬。
私は、大いなる存在ではないと取り繕っていなかった出来事から無限の楽園と地獄へ陥れられた。
嗚呼、私は狂っていく。





私は現世と云う一時の現実で、ある物を迎えにある場所を目指していた。
隣には一人の少女が居る。
私と共に歩を進めているのは、先程述べた今日が生誕記念日の白雪ちゃんだ。
「千影ちゃん、如何思いますか?」
白雪ちゃんのイデオロギーは分かりきっていたが、私は敢えてその理由を言霊として訊き返した。
「・・・・・・何をだい?」
「新しい・・・いえ、この云い方は相応しく無いですわね・・・今まで逢えなかった姉妹達について、ですの」
この娘が私にどのような答えを求めているのかは考えるのも面倒臭かった。
受け答えたで、其れは全て空理空論の域を脱し得ないだろう。
「君は其れについて・・・如何なる答えを何を望んでいる・・・?」
「そ、其れは・・・」
思った通りの反応だ。
この娘は自分で自分の質問の筋道を整理していない。
恐らく『如何して逢えなかったのか』『どのような者達なのだろう』そう訊きたかったのだろう。
しかし、白雪ちゃんは其のまま黙り込んだ。
己の質問と、私との会話の無意味さに気付いたのだろう。
そもそも『今まで如何して逢えなかったのか』などの質問は無粋だ。
私の中で其の出来事は予測していた物であり、実態の知り得ない物だった。
だからこそ、気味が悪く不快で虫酸が走る。
前世でもそうだった。
稀に知る事の出来なかった未来が過去を崩していった。
前世での其れは現世の現在と同様の物なのだろうか?
辻に差し掛かった、一瞬。
私の隣・・・白雪ちゃんの居ない方向を風が擦れ違った。
しかし、私は振り返らなかった。
魔魅の官能的誘惑にも似た悪寒を感じたからだ。
其れに関わってはいけない。
本能がそう叫んでいた。





やがて白雪ちゃんの抱く多くの疑問符を聞きながら、住宅地からも商店街からも孤立した館に着いた。
父上の城には劣るものの、私の館とは大差の無いほどの大きさだ。
しかし根本的に違うのは、この屋敷は『光』に溢れていた。
「緊張してしまいますの・・・」
そう呟く白雪ちゃんを無視し、私は鉄製の柵を開き、庭園へ足を踏み入れた。
白雪ちゃんは小さく聲を漏らし、小走りでついて来た。
私達を見つけたメイドが館の中へ焦ったように走って行く。
其のメイドは正面の扉から右へ十m程離れた所にあった、平凡な家庭の玄関の扉ほどの大きさの扉を開き、館の中へ姿を消した。
数多くの興味の対象が存在する周囲に目移りさせる白雪ちゃんに歩幅を合わせながら、やがて扉の前へ立った。
「開くよ・・・」
私は白雪ちゃんへ気を引き締めさせる為にそう云うと、扉はいかにも待ち侘びたようにゆっくりと、耳障りな音を立てながら開いた。
大理石の敷き詰められた塵一つ無い床に、私の趣味に合わない濃い桃色の絨毯が正面の木製の階段まで敷かれていた。
其の絨毯を向かい合うように十人以上のメイド、そして扉を開けたメイドが私達を御辞儀で迎えた。
「お待ちしておりました、千影さま、白雪さま」
扉を開けたメイドが私達の名前を呼んだ。
きちんと調べているのは流石と云うべきか・・・
其のメイドは階段の上を見上げた。
視線の先に居るのは一人の少女。
其の整った顔に相応しく、五月蝿いほどフリルの付いた蒼の装飾を施した洋服を纏っていた。
ああ、あの娘が『其れ』か・・・
「亞里亞さま。貴女の姉妹の方々が迎えに来られましたよ」
メイドがそう云うと、亞里亞と呼ばれた少女は恐る恐る、そして一歩一歩確実に段差を降りてきた。
物珍しそうに私達の顔を見つめる亞里亞ちゃんの瞳と自分の瞳が合うのが不快で、私は視線を白雪ちゃんへ逸らした。
白雪ちゃんはじっと其の娘を見つめ返し、口元を小さく動かして言葉を紡いだ。
そして、亞里亞ちゃんの方へと歩み始めた。
「・・・初めまして・・・・・・」
恥じらいながら、聴き取り難い程の音量で亞里亞ちゃんはそう云った。
「初めまして、亞里亞ちゃん。姫の名前は白雪って云うんですの」
スカートの裾を両手でついと軽く持ち上げ、白雪ちゃんは一礼をした。
「亞里亞に・・・何か御用ですか?」
私は呆れて溜息が出た。
そんな事も知らされていないのか、この娘は・・・
恐らく、今までの生の中で受けた出来事の全てが受動的だったのだろう。
ならば、私達は其れに縛り付けられる亞里亞ちゃんを助ける者・・・そうだね・・・
「私達は君を・・・・・・【死神】としての仕事を果たしに・・・・・・来たんだ・・・」
「死・・・神・・・?」
不思議そうな、そして、私の表情に怯えながら、亞里亞ちゃんは聞き返す事で答えを求めてきた。
【死神】の意味は『解放』
そう、私達はこの娘を『解放』する。
フランスに存在する館に閉じ込められ続けた孤独と、何も行わなくても生き続けられる生の無意味さから、解放する。
「迎えに来ましたのよ。姫の可愛いお姫様」
白雪ちゃんは亞里亞ちゃんの手を取った。
亞里亞ちゃんの頬が紅く染まる。
フッ・・・如何やら、亞里亞ちゃんに取っての真の【死神】は白雪ちゃんのようだね・・・
私は、妙に積極的に亞里亞ちゃんに接する白雪ちゃんに、苦笑にも似た嘲笑を向けた。





「亞里亞ちゃん、とても可愛かったですわね」
先程から其れを繰り返している白雪ちゃんは亞里亞ちゃんが大層御気に召した様子だ。
今直ぐに亞里亞ちゃんを連れていく訳には行かず、私達は病院の汚い程の白に囲まれた廊下を歩んでいた。
亞里亞ちゃんは今日の夕方までにはメイドの一人が家へ連れて来るらしい。
しかし、そんな事は如何でも良かった。
世界の何処に何時居ようが、私には直ぐに逢いに行く力がある。
幾らか抑制はされているが、自分が本当に望む事を望めば其れは可能になる。
ただ、其の力が使えるのは私が愛する者を手に入れるまでだ。
愛を手に入れた後は、人間と同様の力で其れを保たなければならない。
正直なところ、亞里亞ちゃんは非常に興味があった。
外見の大人びた雰囲気とは異なった、幼く脆く儚い精神。
そして、亞里亞ちゃんを興味の対象とした白雪ちゃんも同様だった。
今まで何も考えていないと思っていたが、亞里亞ちゃんの瞳を見た時、白雪ちゃんは呟いた。
『可哀想・・・』
何が如何其の様に見えたのかは理解出来ないが、だからこそ考え深かった。
現在存在する興味の対象が二人から四人に増えた。
この世界での毎日と云う感覚の中で何時も逢っている者に対して興味を新たに抱くのは、私に取って珍しい事だった。
そして同時に、そんな自分に失望も憶える。
暫らくすると、見慣れた二文字の漢字が視界に入ってきた。
『鞠絵』
この者も私に存在する数多くの親族の一人だ。
恐らく、最も相手を思いやる事が出来る人物だろう。
私は鞠絵くんの、最も長く存在しているであろう空間への扉を開く。
「あ、千影ちゃん、白雪ちゃん」
其処には椅子に座っている先客が居た。
衛くんと咲耶くんだ。
私が最も興味を抱いている二人。
「鞠絵ちゃん、寝てますの?」
白雪ちゃんの問いに咲耶くんが頷く。
「ええ・・・全く起きないで、ずっと眠り続けているらしいわよ」
鞠絵くんが夢の世界に留まっている理由は知っている。
当人がそう望んだのだ。
其れは鞠絵ちゃんが伝えたい言葉を常に向けている者・・・ミカエルに聞いた。
『白雪ちゃんの誕生日に新しいご家族の方々が三人もいらっしゃるそうですね・・・』
『どのような方々なのでしょうか?わたくしも是非お目に掛かりたいです』
『わたくしは・・・其の方々と逢えるのかしら?最近は躰の調子があまり良くないとお医者様が云ってくるのです・・・』
『お医者様、其の時まで眠り続ければ、恐らく私の体調は回復しているでしょうか?』
そして、鞠絵くんに直接伝えられた言葉。
『私を・・・わたくしが望む時まで眠らせてくださいますか?』
鞠絵くんが初めて自分の為だけに人を頼った時だった。
いや・・・・・・違う・・・以前にも、たった一度だけ・・・
私は勿論其れを聞き入れ頷き、鞠絵くんの目を右手を覆った。
鞠絵くんはその時からずっと、今と同様の状態で眠り続けている。
「其れで、千影ちゃん達は如何するの?ボク達はそろそろ帰るけど・・・」
衛くんは椅子から立ち上がり、持っていた花束を既に一つ花束が置いてあるサイドボードへ置いた。
「じゃあ、姫はもう少し鞠絵ちゃんの傍にいてあげたいから、残りますの」
白雪ちゃんは衛くんと入れ替わりに椅子に座った。
「千影は?」
「私は・・・・・・君達と一緒に帰る事にするよ・・・」
咲耶くんの問いに私がそう答えると、咲耶くんと衛くんは白雪ちゃんに短く別れの挨拶をした。
白雪ちゃんは微笑みながら手を振り、私達を見送った。





「千影ちゃん、今日来る三人の内の一人と逢ってきたんでしょ?どんな娘だった?名前は?」
衛くんが興味津々と云った様子で瞳を輝かせながら訊いてきた。
そう云えば・・・咲耶くんも昔はこんな感じだったかもしれない。
私は精神の中だけで昔の事を思い出しながら、衛くんの瞳を見つめ返した。
「名前は『亞里亞』・・・そうだね・・・・・・『フランス人形』・・・・・・そんな感じだったよ・・・」
確かにそうだ。
自分で何かを起こす訳でもなく、ただ存在するだけの人形。
「『フランス人形』か・・・やっぱり、可愛かった?」
私は亞里亞ちゃんを嘲笑うように頷いた。
「まも、何?」
咲耶くんは自分の顔を見つめてくる衛くんに照れながら、自分の感じている其れを誤魔化すように訊いた。
「う〜んと、別に?」
限りなく自然に、でも不自然に衛くんも誤魔化した。
衛くんが誤魔化しを使う時は、衛くん自身が云おうとした事を如何でも云い事と取った時だ。
そして、其れは本当に如何でも良い事が殆どだ。
「もう・・・」
咲耶くんは呆れたように、そして安心したように呟いた。
私は口元だけに素直な笑みを浮かべた。
この二人と居ると、私の心は眩い光が差し込んでくる。
病院等の白とは違い、無垢で汚れの無い物であり、私の中に限り無く巣食う穢れを消し去ってくれるような気がした。
この場所が私の本当の居場所であり、日常、普通、平凡、そして望みなのだろう。
何れ其れは壊れる物だと分かっていても・・・
そんな永遠の一瞬を過ごしている間に、私達を含めた九人・・・いや、八人の暮らしてきた家が見えてきた。
「もう来てるかしら、帰国子女三人・・・」
そう云い掛けた咲耶くんは玄関の前に二人の人影が存在するのに気が付いた。
亞里亞ちゃんと、其の付き人の・・・私が館へ赴いた際に扉を開けたメイドだった。
「私は未だ遣り残した事があるんだ・・・・・・後は任せたよ・・・」
私はメイドに挨拶をされる前に咲耶くん達にそう云い、亞里亞ちゃん達の前を無言で通り過ぎてやがて遠ざかった。
向かう先は眠りを望んだ少女の元。
私の姿が咲耶くん達から見えなくなり、私が自分の左肩を右手で掴んだ時、向こう側から一人の少女が走ってくるのが見えた。
ああ・・・・・・あの娘がそうか・・・
私に取っての【死神】【悪魔】そして・・・【塔】
私は少女が横を通り過ぎるのを見計らって、左肩に掛けている力を強めた。





「君が望んだ時が来たよ・・・・・・鞠絵くん・・・」
ベッドに横になって瞳を閉じる眠り姫の耳元で囁いた。
「・・・・・・早いんですね・・・夢の世界という物は・・・」
独り言のようにそう呟き、鞠絵くんはゆっくり瞳を開けた。
私は鞠絵くんの右手に自分の左手を重ねた。
右手はミカエルの背中へ当てた。
ミカエルは其の姿と其処に残る存在の情報を全て消し、運命の場へと移動した。
「躰の調子は・・・?」
「ええ、今までに無い位好調ですよ」
天使のように微笑む鞠絵くんに、私は悪魔の微笑みを返した。
私達はミカエルの後を追った。





私は既に十二人の運命が八重てしまった運命の場へと存在していた。
他の者は下の階で出逢いを祝っているのだろう。
私は自室の蝋燭の焔が届かない闇の奥に笑い声などの雑音を聞きながら、机の上の一枚のカードに目をやった。
【月】
・・・・・・私は何を恐れている?
あのちっぽけな存在でしかない娘に対して・・・
その時、私の背後に位置する部屋の扉が開かれた。
あの娘だ・・・・・・私の恐れている・・・あの娘だ・・・
「初めまして。あ、でも今日だけでも何度か逢いましたね」
そうだ・・・出逢った・・・何度も・・・・・・記憶の彼方に煙霞の様に存在している以前から・・・・・・
「えぇと・・・お名前は?」
言葉を選びながら、たどたどしく訊いてきた。
私は答えない。
関わりたくない・・・放っておいてくれ・・・私の前に姿を現すな・・・・・・消えろ・・・
「あっ、そうでした!まだ四葉が名乗って無かったデスね。四葉は、四葉って云います」
【四葉】はまだ話を続けてくる。
頭の中に記憶が甦る。
・・・血だ。
紅い血・・・・・・温かい血・・・
私の目に、自分の左手が血に塗れている幻覚が一瞬だが見えた。
幻覚・・・そう・・・【四葉】が見せた・・・幻覚だ。
「・・・千影」
私は答えた。
そうすれば【四葉】は私の部屋の扉を閉め、視界から消えると思った。
しかし、まだ其処に【四葉】は居た。
私は手の中に一枚のカードを出現させた。
そして、其れを【四葉】に向かって飛ばす。
【死】
私にも【四葉】にも当て嵌まるカード。
「・・・如何してデスか?」
【四葉】の聲のトーンが落ちた。
先程とは打って変わった変貌に、私の中の窈然とした闇に潜む魔物が歓喜の聲をあげた。
「分かりました・・・ごめんなさい・・・四葉は下に戻りますね・・・」
【四葉】が背を向けるのが分かる。
私は初めて振り向いた。
視界に入ってきた【四葉】の表情が、瞳を閉じたまま蒼褪めた少女の顔と重なる。
「四・・・ッ!」
思わず呼び止めてしまいそうになった私を止めたのは、自分の左手だった。
首を強く締め付ける左手。
そして、真紅の血に染まった左手。
私が驚愕している間に、扉は閉まった。
廊下から差し込んでいた光が失せ、闇が深くなる。
私は全身の力が抜け、床に四つん這いになると強く咳き込んだ。
左手は何時の間にか首を掴むのを止めていた。
左手・・・・・・血・・・・・・【四葉】・・・・・・
・・・記憶とは何なのだろう。
少なくとも、現在の私には枷にしかならない。
行かないでくれ・・・
私の頬を熱い雫が伝い、床に落ちた。
其れは燃えるような真紅の・・・・・・





FIN

     

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