HELLO MY LIFE






二月十一日。
姫の一年に一回しかない誕生日。
それと・・・姫が一目惚れと云う物を実感した日でもある。
あの娘は可愛いだけじゃなく、純粋で、無垢で、穢れが無く、とても綺麗でした。
私は変わりました・・・其の日から・・・





姫はある人と二人で、ある一瞬へ向かって自分の意思で、自分の足で歩いていました。
隣に居るのは、姫のねえさまの千影ちゃん。
とても不思議で姫には何を考えているかが理解出来ないけれど、今此処に姫と一緒に居てくれるのは嬉しかった。
「千影ちゃん、如何思いますか?」
姫は何となく、沈黙が続いていた雰囲気を和ませようとして訊いてみた。
別に千影ちゃんの意思を聞きたいと思って聞いた訳では無い。
ただ、何となくだった。
「・・・・・・何をだい?」
千影ちゃんは気だるそうに訊き返して来た。
確かに先刻の姫の質問は大雑把な物で、答え様が無いと思ったので付け加えました。
「新しい・・・いえ、この云い方は相応しく無いですわね・・・今まで逢えなかった姉妹達について、ですの」
そう云った後、自分で何が訊きたいのかが分からなくなってきた。
「君は其れについて・・・如何なる答えを何を望んでいる・・・?」
溜息を吐くように、また訊き返してきた。
「そ、其れは・・・」
言葉に詰まった。
いっそ、溜息で済まされてしまった方が幾分か気が楽だったかもしれない。
再び沈黙が始まったが、其れでも一時の会話を作れて良かったと思った。
姫は自分の中に、千影ちゃんに対して投げ掛けた質問の答えが存在しない事を知った。
だから、考えてみる。
如何して今まで逢えなかったの?
多分其の答えは誰も知らない。
少なくとも、姫達九人と、帰国して来た三人では分からない。
ううん・・・もしかしたら、千影ちゃんは知っているかもしれない。
だから訊いてみたのかも知れない。
其の時千影ちゃんの、私が居ない方の脇を一人の女の子が通り過ぎた。
普通なら通り過ぎた人に興味を持つ事なんて殆ど無い。
けど、今日の姫は何時もと違っておかしかった。
私は振り返った。
女の子も振り返った。
女の子は血のように真っ赤なスカートや、イギリス国旗の柄のネクタイを付けていたりと、とても目立つ奇抜な服装をしていた。
姫が微笑み掛けると、女の子は一瞬驚いた顔をして照れ隠しのような笑いを返して来た。
隣に居た筈の千影ちゃんの足音が後ろの方から聞こえてくる。
姫は軽く手を振ると、急いで千影ちゃんの背中を追った。





其の後も、姫は何度か千影ちゃんに先程と似たような質問を投げ掛けてみた。
でも、一つでも答えが返ってくる事はなかった。
そして何時の間にか、姫の進行方向には大きな館が見えてきた。
其処は、フランスから帰国して来た姫の妹、亞里亞ちゃんが姫達を待っている場所。
「緊張してしまいますの・・・」
あまりの大きさにそう呟いた姫の横で、千影ちゃんは全く動じずに鉄の柵を開きました。
「あっ・・・」
姫は周りの景色に気を取られながら、其れでも千影ちゃんに置いて行かれないようにした。
庭園には、花穂ちゃんの好きそうなコスモス、千影ちゃんに似合いそうな薔薇等の数多くの花が存在していました。
一番凄いと思ったのが、真ん中に噴水がある事でした。
館に近付いていくたびに、次々と新しい興味が湧いてくる。
でも、千影ちゃんが館の大きな扉の前で待っているのに気が付いて、姫は急いで駆け寄りました。
「開くよ・・・」
二枚の扉が、ギギッ、と音を立てて開いた。
扉の隙間から視界に入ってきた物は、外よりももっと綺麗な物でした。
赫に近いピンクの絨毯が真っ直ぐ床に敷かれ、天井には大きくて高そうなシャンデリア。
そして沢山のメイドさん達に、姫の胸はドキドキしっぱなしでした。
「お待ちしておりました、千影さま、白雪さま」
何人も居る内の、姫達に一番近い位置に居た一人のメイドさんが姫の名前を呼びました。
其の人の目は綺麗な茶色で、他のメイドさん達に無い何かがあるように見えた。
其のメイドさんは目が合った姫に軽く微笑むと、階段の上に視線を移した。
「亞里亞さま。貴女の姉妹の方々が迎えに来られましたよ」
姫は、メイドさんが聲を掛けた方向に視線を向けた。
其処に居たのは亞里亞と呼ばれた女の子。
姫は今までに感じたことの無いような、不思議な感覚に陥りました。
フリルの沢山付いた綺麗なお洋服、整った幼くも綺麗な顔、銀色で艶のある綺麗な髪。
姫は亞里亞ちゃんに視線が釘付けになって外せなかった。
そして、亞里亞ちゃんは階段をゆっくりと降りてきた。
千影ちゃんと姫の交互に視線を移す亞里亞ちゃんと視線が合った。
透き通った紫の・・・瞳。
「可哀想・・・」
姫は自分が眩暈のような感覚の中で無意識に呟いた事に気が付いた。
そして、其の時には躰が勝手に亞里亞ちゃんへと歩み出していた。
如何してかは分からないけど・・・ただ、亞里亞ちゃんに近づきたかった。
「・・・初めまして・・・・・・」
本当に小さな聲で亞里亞ちゃんはそう云った。
其れでも、もし先刻亞里亞ちゃん以外の人が喋っていたとしてもハッキリと聞き取れていたと思う。
「初めまして、亞里亞ちゃん。姫の名前は白雪って云うんですの」
「亞里亞に・・・何か御用ですか?」
姫が挨拶を返すと、亞里亞ちゃんは質問を返して来た。
姫は少し驚いてしまいました。
てっきり全て聞いているのかと思っていた。
「私達は君を・・・・・・【死神】としての仕事を果たしに・・・・・・来たんだ・・・」
千影ちゃんが分かり難い説明をした。
「死・・・神・・・?」
死神と云う言葉に少し怯えながら亞里亞ちゃんは訊いて来た。
私も亞里亞ちゃんと同じく、その意味は分からなかった。
でも、千影ちゃんが悪い意味でそう云う言葉を口にする事は無い。
多分意味が分かれば、とても良い意味の言葉となるのだろう。
「迎えに来ましたのよ。姫の可愛いお姫様」
私は恐らく千影ちゃんが伝えようとした事を、自分の言葉で亞里亞ちゃんの手を取り、伝えた。
亞里亞ちゃんの頬が紅くなっていく。
姫は其れを見て、自分の顔も紅くなるのが分かった。





「亞里亞ちゃん、とても可愛かったですわね」
姫は先程から其れしか云っていないような気がした。
でも、其れ以外に言葉として出そうと思う物は無かった。
亞里亞ちゃんは夕方位にメイドさんが連れて来ると云っていた。
早く来て欲しい。
再び逢いたい。
そして、確かめたい。
この気持ちが何なのかを。
大体予想は付いているけれど・・・でも、確かめたい。
其れと、あの娘にもっと色んな事を教えてあげたいと思った。
多分あの娘は世の中の殆どを知らない。
亞里亞ちゃんと目が合った時に分かった。
綺麗過ぎた・・・・・・穢れも無く・・・・・・何も・・・無かった・・・
ただ唯一存在したのは・・・・・・
恐らく、館から出して貰った事が少ないのだろう。
でも、それじゃいけない。
姫では何かしてあげる事が出来ないの?
そんな事を考えている内に、姫達は目的地に着きました。
此処は病院の廊下。
そして、姫の沢山居るねえさまの内の一人、鞠絵ちゃんの病室の前。
そう云えば・・・鞠絵ちゃんも外の事は知らない事が多いのだろう。
亞里亞ちゃんと同じで・・・其れはとても悲しい事。
「あ、千影ちゃん、白雪ちゃん」
千影ちゃんが病室の扉を開くと、中から聞きなれた聲が聞こえた。
其れはまもちゃんの聲だった。
そして其の横に居るのは咲耶ちゃん。
何の隔たりも無く、誰から見ても仲の良い二人。
少し・・・羨ましい。
「鞠絵ちゃん、寝てますの?」
ベッドに横になり、目を閉じている鞠絵ちゃんを見て、姫は咲耶ちゃんに訊いた。
「ええ・・・全く起きないで、ずっと眠り続けているらしいわよ」
やっぱり、と思ってしまう自分が嫌になる。
鞠絵ちゃんは、最近本当に不自然なくらいに目を覚まさないらしい。
心配で心配で仕方が無い。
そして、心配するだけで何も出来ない自分が悔しい。
「其れで、千影ちゃん達は如何するの?ボク達はそろそろ帰るけど・・・」
まもちゃんが椅子から立ち上がり、花束をサイドボードに置いた。
「じゃあ、姫はもう少し鞠絵ちゃんの傍にいてあげたいから、残りますの」
姫はまもちゃんが座ってた椅子に座った。
「千影は?」
「私は・・・・・・君達と一緒に帰る事にするよ・・・」
咲耶ちゃんが訊くと、千影ちゃんは頷きながら云った。
「じゃあね」
「さようなら、白雪ちゃん」
姫は小さく手を振り、三人を見送りました。
一人になってしまいましたの・・・
姫は自分で残ると云い出しておきながら、少し寂しくなった。
でも、次の時には自分を強く責めました。
鞠絵ちゃんが居るのに一人だなんて・・・如何してそんな事を思っちゃったんですの!
姫が俯くと、足元でミカエルが姫の事を見つめていました。
「そうですの・・・ミカエルも居るんですのよね・・・」
そう云った後に気が付いた。
鞠絵ちゃんと亞里亞ちゃんの境遇の違い。
其れは、心を許せる相手が居るか否か。
鞠絵ちゃんにはミカエルが居る。
でも・・・亞里亞ちゃんには居ない。
館で最初に見た亞里亞ちゃんの瞳は怯えていた。
初めて逢った姫と千影ちゃんに対してだけではなく、常に身近に居た筈のメイドさん達に対してまで・・・
姫は何故か立ち上がっていました。
「ごめんなさい、鞠絵ちゃん。姫はもう行きますね」
姫はドアノブに手を掛けた。
すると其の時、向こう側から勝手にドアは開いた。
「あ、白雪ちゃん・・・」
花穂ちゃんと可憐ちゃんだった。
「ごめんなさいですの。姫はちょっと用事があるから失礼致しますの」
驚いている二人に話しかけられる前に、姫は家に向かって走っていました。





姫と皆が住んでいる家が視界に入ってきた。
其の前に居るのは、咲耶ちゃん、まもちゃん、メイドさん・・・そして、亞里亞ちゃんだった。
「亞里亞ちゃん!」
姫は精一杯の大きな聲で亞里亞ちゃんの名前を呼びました。
誰よりも早く云ってあげたい言葉があった。
「あ・・・・・・白雪ちゃん・・・」
亞里亞ちゃん以外の三人は驚いていて、亞里亞ちゃんだけが微笑み掛けてくれた。
そして何よりも、亞里亞ちゃんが名前を覚えていてくれた事が嬉しかった。
「ようこそ、此処が姫達のお家ですのよ」
家を指差しながら姫はそう云った。
そして、走りながら考えていた言葉を口にする。
「これから宜しくね、亞里亞ちゃん」
決してこの家は亞里亞ちゃんのお屋敷程大きくは無い。
けど、十二人位が住むなら充分な広さがある。
其処に、亞里亞ちゃんと一緒に住む事が出来る。
条件は揃った。
後は其の条件から発生した可能性を変えていきたい。
必然と、絶対と・・・そして・・・愛情に。
姫は人目も気にせず、亞里亞ちゃんの躰を抱き締めました。
咲耶ちゃんとまもちゃんは暫らく驚いていたけど、気を使ってくれたのか家の中に姿を消した。
すると、亞里亞ちゃんも抱き返してくれた。
「・・・宜しくお願いします」
少し照れている聲が聞こえ、胸の辺りが切なくなるような、嬉しい感覚になる。
メイドさんはそんな姫達を見て微笑んだ。
姫は其の優しい表情を、如何して亞里亞ちゃんが怖がっていたのかを考えました・・・
多分、このメイドさんは亞里亞ちゃんをとても愛し、一生懸命にお世話をしていたんだと思う。
でも、其れを亞里亞ちゃんは好意として受け取る事が出来なかった。
【死神】の仕事は何なのかな?
昔に千影ちゃんが教えてくれたのを思い出した。
手に持った鎌で、躰と云う鎖に縛り付けられる魂を解放してあげる事。
そう・・・・・・解放・・・
鎖はお屋敷とメイドさん、そして縛り付けられていたのは亞里亞ちゃん。
そうでしたのね・・・やっぱり其れは、悲しい事ですの・・・
なら・・・姫は亞里亞ちゃんに教えてあげなければならない。
誰も貴女を縛り付けてなんかいないと云う事。
誰も貴女が自由になる事を拒んでいないと云う事。
誰も貴女を嫌ってなんていないと云う事。
そして・・・其の証拠に、姫が亞里亞ちゃんの事を・・・・・・愛していると云う事を・・・
「外は寒いでしょう?中へどうぞ。貴女の・・・新しいお家へ・・・」
「・・・・・・・・・うん」
亞里亞ちゃんは自分の考えで頷いた。
姫は亞里亞ちゃんの手を引いて、家の中へ招き入れた。
「白雪さま・・・・・・亞里亞さまの事・・・お願いしますね・・・」
「ええ・・・分かりましたの」
微笑んで云ったメイドさんの言葉に、姫も微笑みを返しながら玄関の扉を閉めた。
亞里亞ちゃんはもっと知らなければならない。
お屋敷の外の事。
そして・・・知って欲しい。
姫の此の気持ち・・・





やがて、姫の誕生パーティーと、亞里亞ちゃん達の歓迎パーティーが始まった。
眠っていた筈の鞠絵ちゃんは、今まで何事も無かったかのように、パーティーの直前に家に帰って来た。
帰国して来た内の一人、四葉ちゃんは既に亞里亞ちゃんよりも先に逢った事があった。
「かなり奇遇でしたね」
そう云った四葉ちゃんは、何かを思い出したようだった。
「あっ!そうデス!白雪ちゃんと一緒に居た女の子も四葉の新しいご家族デスか?」
「え?其れって、ちか「あっ!名前は云わなくても良いデス。四葉が自分でチェキしますから」
「・・・ええ、そうですの。多分二階の一番奥の部屋に居ると思いますの」
姫は多分と云いながら、そうだと云う確信を持っていた。
「ありがとデス!早速チェキしに行かなければ!」
四葉ちゃんは早口気味にそう云うと、直ぐに千影ちゃんの部屋に走って行ってしまった。
「白雪ちゃん・・・」
小さな可愛い聲と共に、姫のスカートの裾が引っ張られた。
「はい、なんですの?亞里亞ちゃん」
姫は少し屈んで、亞里亞ちゃんに自分の目線を合わせた。
「これ・・・」
そう云うと、亞里亞ちゃんは姫の手を取り、小指に赤い糸をクルクルと巻いていきました。
そして、其の反対側の端を姫に渡して来ました。
「亞里亞の小指に・・・結んでください」
そう云いながら、亞里亞ちゃんは細い小指をスッと姫の顔の前に指し出してきた。
姫は其処で初めて亞里亞ちゃんが何をしたいのかが分かりました。
其れと同時に、胸が熱くなるのが分かった。
「良い・・・?」
少し上目遣いで心配そうに見つめてくる亞里亞ちゃんはとても可愛くて、直ぐにでも抱き締めたかった。
「勿論ですの!」
姫は強く締め付けないように、でも解けないように亞里亞ちゃんの小指に赤い糸を巻き付けました。
そして、姫は亞里亞ちゃんを抱き締めました。
「ありがとうございます、亞里亞ちゃん・・・」
姫の小指に巻かれた糸はキチンと結んでいなかったから直ぐに解けてしまいそうだった。
でも、少なくともこの一瞬だけでも、姫と亞里亞ちゃんの心は繋がっている。
姫はギュッと手を握り、糸が落ちないようにした。





FIN

     

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