BLACK OR WHITE? version3






朝。





それは誰にでも降り注ぐ、避けようのない物。

私もまた、その朝に引きずり出された。

時の流れは本当に忌々しいほどに平等だ。

そして、無責任だ。

今まさに、私はその無責任さを嫌と云うほどに感じている。

そんな朝と、覚醒しきれない躰に憤りを感じながら、自分の空間から脱し、リビングへと降りていった。

扉を開くと同時に一つの影が私の傍へ駆け寄ってきた。

「千影ちゃん、誕生日おめでとう!!」

駆け寄って来た影は私の妹で、名を衛と云う。

そんな朝の太陽の明るさすらも敵わない程元気に話しかけてくる衛くんに、私は正直興味がある。

ただ、今思う事は、彼女の事ではなく、彼女の発した言葉だ。

「衛くん・・・・・・少々勘違いをしているようだが・・・」

「あのね、まも。千影の誕生日は明日よ」

私の言葉を遮るようにそう云ったのは、私の姉、咲耶くんだ。

「ええっ!?だ、だって、今日三月六日でしょ!?ほらっ!」

衛くんは焦りから顔を紅く染めながら、壁に掛けてある日捲りカレンダーを指差す。

そんな物も在ったな、などとカレンダーの存在を思い出しながら、それに視線を移した。

確かに、そのカレンダーが示しているのは三月六日だ。

「違うわよ。今日は三月五日」

咲耶くんは眺めていたテレビの画面を見るように顎で示して返す。

ニュースキャスターの前に投げ出されたように存在している三月五日と云う表記。

「ね?」

咲耶くんは、してやった、とでも云うようにニヤニヤと笑った。

「違うよ〜!そっちが間違えてるんだよ!」

衛くんも、意固地になって反論を続ける。

私は、仲睦まじく下らない云い争いをしている二人を横目に考え込んだ。

そうか・・・もう・・・時間が私には無いんだったな・・・

私は俯き、今の感情を悟られないように髪で顔を隠した。

「ふっふふ〜ん♪・・・あ、千影チャマ、どうしたんデスか?」

鼻歌混じりにキッチンから現れた四葉ちゃんが、私の顔を覗き込んできた。

口元に砂糖を付けている所を見ると、ドーナッツをつまみ食いでもしていたのだろう。

私は不安を隠すため、咄嗟に可能な限りの笑顔を作り出し、四葉ちゃんへ向けた。

その笑顔は自分でも分かる程に、おそらく不完全だ。

「そうデスか・・・笑顔が一番!スマイルさえ有れば『もうまんたい』デス!」

私の心情に気付いたのか、気付いていないのか、まるで励ますように四葉ちゃんは云った。

この私が励まされるなどと云う、不思議な感覚に、心底から笑みが浮き上がってきた。

今の表情は感情を全て表に出した、私の本当の顔。

「千影・・・?」

私は聴覚から咲耶くんの疑問符を感じ、ハッと顔を上げた。

視線に入った咲耶くんは驚いた顔を此方に向けていた。

まさか・・・見られた・・・?

勘の良い咲耶くんの事だ。

今の表情の中の負の感情から私の心の中を見抜いたのかもしれない。

「・・・徹夜の儀式での疲れが取れていないみたいだ・・・私はもう一度眠らせて貰う」

私は咄嗟に嘘を吐き、その場から逃れることにした。

心配を掛けさせてはいけない。

不安を心に残させてはいけない。

・・・明日までは・・・

「あ、そのカレンダー、四葉が今日の朝に間違えて二枚はがしちゃったから一日ずれてますよ」

「え!?マジ!?」

「・・・・・・マジデス」

そんな私の心とは裏腹に光に満ちた会話を背に、私はリビングを出た。

ただ、何も見なかったとでも云うように話し掛けてこなかった咲耶くんが気に掛かった。

今の気持ちを彼女なら受け止めてくれるかもしれない。

如何にかしてくれるかもしれない。

そう無意識に・・・そして愚かにも期待してしまっていた。





私は自室の棺に横たわり、瞳を閉じながら考えた。

迫ってくる時から逃げる為に。

運命を否定する術を所持していない弱さを否定できないが故に。

こうして闇に意識を沈ませていれば、ただ時が流れる。

時が這い寄ってくる。

私を呑み込み、何もしなくとも結末へと運んでくれる。

・・・・・・だが・・・このままで良いのだろうか?

私に残された時は今日しか無いと云うのに・・・

まだ・・・まだだ・・・・・・私は伝えていない。

伝えなければいけない言葉がある。

別れを恐れて、それを伝える事を拒んでも良いのだろうか?

・ ・・・・・いや・・・それだけではいけない・・・

必ず、後悔する事になる。

私は瞳と棺の蓋を開けた。

―――――トントン・・・

それと同時に、私の部屋の扉が遠慮がちに叩かれた。

誰が尋ねてきたのかなど、訊くまでもない。

しかし、私は口に出してその名前を呼んだ。

「咲耶くんか・・・入りたまえ・・・」

私は棺の中に多数存在する内の一輪の薔薇を、咲耶くんへと投げた。

咲耶くんはそれを右手で受け取ると、部屋の内部へと歩を進めた。

「訊きたいことがあるの・・・良い?」

訊きたい事?

やはり気付いていたんだね。

いや・・・気付いてくれたんだな。

「ああ・・・全て話してあげるよ・・・ただ、此処では無い場所へ移ろう」

今は見慣れたこの空間ではなく、この世界に存在する場所へ出来るだけ居たかった。

咲耶くんはその提案を頷く事で肯定した。

私は咲耶くんの背を追うように、その空間から出た。





結局着いた場所は咲耶くんの部屋だった。

見慣れてはいたが、居心地は悪くない。

此処で良いだろう。

私は咲耶くんのベッドに腰掛けながら、そう決めた。

「訊きたい事は・・・分かってるでしょう?全部教えてくれる?」

咲耶くんは見合うように私の正面に立った。

「ああ・・・単刀直入に結論から云うよ・・・・・・私は明日君達との永遠の別れを迎える」

「・・・・・・死ぬ・・・って事?」

思いのほか、咲耶くんは驚いていなかった。

もしかしたら、私よりも全てを知っているのではないかと云う錯覚に陥る。

「・・・まあ、そう考えた方が簡単だ・・・」

この娘はこの世界の住人だ。

私の世界の事など、受け止められる筈がない。

私にとっては誕生した日は契約の期限が切れる日だ。

しかし、他の者には何の変哲も無い一日だ。

分かり合うことなど出来ない。

誕生した日を祝う事を習慣としている者達に・・・

だから、無駄を省くために私はそう答えた。

「もう逢えないの?」

「・・・ああ・・・・・・」

「そうならない方法は無いの?」

「無いね・・・」

二度の質問だけで、咲耶くんは俯き、黙ってしまった。

彼女のお節介にも似た優しさが心に痛く染みる。

頭の奥の方に罪悪感から、締め付けるような軽い痛みを感じた。

沈黙はなおも続く。

しかし、今まで常に自分を取り巻いていた沈黙すらも、今は逃れたかった。

「別れる前に一つ・・・ワガママを聞いてくれるかい・・・?」

「・・・ええ、私に出来る事なら何でもするわ」

私は口の両端を吊り上げた。

何でも・・・ね。

私は咲耶くんの手を、ダンスに誘うように取った。

「なら、私を・・・・・・殺してくれ・・・」

「・・・ッ!」

咲耶くんは大きく目を見開き、驚いていた。

私の出した結論は、あの咲耶くんが驚くほどの物だっただろうか?

彼女はこの気持ちが理解出来ないのだろうか?

咲耶くん達の存在しない世界など、要らない。

ならば、せめてこの世界で生を終わらせてしまいたい。

この世界の住人として、嘘でも良いから最後まで過ごしたい。

そんな・・・君を想うが故の気持ちを。

「そ、そんな・・・」

それだけを口にし、絶句している咲耶くんの首筋に、私は棺の中から取り出してきた薔薇の棘を刺した。

次の瞬間、咲耶くんの顔から表情が消えた。

「私を殺せ」

私は改めて命令した。

「・・・・・・・・・」

立っていた咲耶くんは、無言で私に歩み寄ってくると、私の首を両手で押さえた。

私は目を閉じる。

それを合図のように、咲耶くんの手に力が入った。

人間の限界よりも強い力だ。

そうだ、それで良い。

呼吸が乱れ、器官を塞がれた体内の酸素が無くなっていく。

その時だった。

咲耶くんの手から急に力が失せた。

私は咳き込みながら、咲耶くんの顔を見る。

さっきまで私の首を絞めていた手で、目を隠していた。

・・・私は不覚にも苦痛を表情として出してしまったのだろう。

おそらくそれを見て咲耶くんは正気に戻った。

私は思わず舌打ちをした。

「出来ない・・・出来ないわよ・・・・・・千影を・・・・・・殺すだなんて・・・」

そして、そのまま床に座り込んでしまった。

私はそんな咲耶くんを意識して睨んだ。

「・・・殺してくれ」

「出来ない・・・」

「殺すんだ」

短く、強く、はっきりとその言葉を放った。

咲耶くんは驚きながら一瞬息を吸い込んだ。

「だったら私も一緒に死なせて!」

咲耶くんはそう叫ぶと急に顔を上げ、涙で濡れた瞳で睨み返してきた。

私は眉間に皺を寄せ、目を細めた。

「・・・それは・・・・・・出来ない・・・」

この娘を巻き添えにはしてはいけない。

そう思う事は矛盾なのだろうか?

私は咲耶くんの意見を無視している。

それも、自分を殺せと命令し、私の命を左右させる選択を迫らせながら。

これ以上、真っ直ぐに見据える咲耶くんを直視出来ない。

顔を逸らしながら立ち上がった。

「分かったよ・・・もう良い・・・・・・私は自室に戻らせて頂く」

私は諦めを背負いながら、咲耶くんの脇をすり抜けてその部屋を出ようとした。

「待って・・・私は貴女が云った事全てを信じるわ。だから、私の決意・・・受け止めてくれる?」

振り返った私の視界に入った彼女は、もう涙は流していなかった。

それでも、表情は悲しみに満ちていた。

「私は・・・千影の事を愛しているわ。例え他の誰が受け入れなくても・・・」

・・・・・・彼女のその言葉は・・・恐らく真実。

しかし、明日には過去形となってしまうのだろう。

それは私の意思でそうするのだ。

他の誰でもない咲耶くんの為に・・・

「だから・・・・・・私に出来る事、させて欲しいの」

「君に・・・一体何が出来ると云うんだい?」

私は諦めと嘲笑を含めて、突き放すように云う。

それの無意味さと、嘲笑は自分に向けている物だと気付いていながら。

「明日まで、一緒に居させて」

私は溜息が喉の奥から込み上がってくるのが分かった。

しかし、内心で繰り返して考えてみればそれも悪くないと思う。

最後の思い出が彼女となら、私は満足出来るだろう。

ただ、私の欲は禁忌の域に達する。

だから問うた。

「どうなっても・・・」

「構わないわ」

その答えを聞き、私は初めて感情を隠さず曝け出した。

何の翳りも含んでいない無防備な笑みを浮かべながら、肩を揺らして笑った。

咲耶くんは肯定の意思表示だと察したのか、私を抱き締めてきた。

「ありがとう」

その言葉を口にしたいのは私の方だ。

しかし、私は云わなかった。

聲が震えてしまい、心情を悟られるのが怖い訳ではない。

私には無いだけだ。

その資格を持っていない。

その言葉を云う資格を持っていないだけ。

そう・・・ただ、それだけの事だった。

私は同性であり、近親である咲耶くんと口唇同士を重ね合わせた。

それが、咲耶くんから私への気持ちに対しての答えだった。





私は暗闇の中で瞳を開いた。

棺ではなく、私の物でもない部屋。

私の膝の上に、咲耶くんが頭を突っ伏して寝ている。

窓から見える満月はやけに輝いていた。

私は月光に手を翳し、指の隙間から咲耶くんの頬へ零れるそれを眺めた。

見慣れた姉の、見慣れない高貴な寝顔。

私はそれを目を細めながら見つめ、咲耶くんが眠りに就く前に囁いた言葉を思い出した。

『ずっと・・・ずっと一緒にいるからね』

私は答えられなかった。

その後、咲耶くんはそっと静かに目を閉じ、暫らくすると寝息を立て始めたのだ。

今、私は還らなければいけない。

自分の本来あるべき世界へ。

咲耶くん・・・君は君だけに微笑えれば良いんだ。

君の中から私と云う存在を捨ててくれ。

私は自分が愛用していた黒のルージュを、咲耶くんの口唇に引いた。

続いて、自分の口唇にも同じ事をした。

これは私の意思が、私のしなければいけない事へ対しての出来る限りの足掻き。

無意味だが、無駄ではない。

私はもう一度満月を見上げた。

自分の胸元のクロスがその光を強く反射した。

そして、消え逝く瞬間、私はこの世界全てへ向けて最後の言葉を呟いた。

『・・・サヨウナラ』















私は目を覚ます。

そこは自室のベッドの上。

霞む視界には白い天井。

毎日の朝と光景は変わらない。

思考もはっきりしない。

昨日・・・昨日私は一人でこのベッドには居なかった筈・・・

そう、隣に誰かが居たから。

・・・それは誰?

分からない。

何故?

私は無くした記憶を脳内から漁る。

だが、やはり無い物は無い。

大切な何かが無くなり、それはとても悲しい事だった筈。

しかしそれが何か分からない。

それが分からない事は多分・・・悲しい事。

私はベッドから立ち上がり、クローゼットから私服を取り出す。

自分が何故一糸纏わぬ姿だったかと云う疑問すら、不思議に思わなかった。

胸に大きな穴が開いたような感覚で『何も無い』日常が始まった。





そして・・・一年後。





私は街路を歩んでいた。

口唇には黒いルージュを引き、首にはクロスを掛けていた。

それ等を身に着ける行動はほとんど無意識に行った・・・筈だ。

ふと時計に視線を落とす。

十二時二四分。

そのデジタル表示の数字の上には、やはりデジタルで表記された三.六の数字。

月日など気に止めない性質だったのに、今日だけはやけにそれが気になる。

「今日・・・何かの日だったかしら・・・」

改めて意思を口に出してみても、何の日かは分からなかった。

何時の間にか俯いていた顔を上げたその瞬間。

紫の風が脇を通り過ぎた。

・・・・・・え?

私は振り返る。

しかし、何も居ない。

首を傾げ、再び顔を前へ向ける。

そして、足を進めようと云う考えを進めた。

それなのに、足が動かない。

その場から去ってはいけないと、おそらく自分だけが分かった。

だから私は後ろを振り返り直して走り出した。

何かが待っている。

誰かが待っている。

そうだ・・・彼女が居る。

私は名前も知らない彼女に、忘れてしまった彼女に、云わなければいけない言葉がある。

やがて視界に、今の私と酷似した服を纏った少女の後姿が浮き出てきた。

走っているから追いついた、と云う訳ではない。

文字通り、この世界に浮き出てきたのだ。

如何してなどと云う疑問は意味が無い。

私はその半透明の後姿に手を伸ばした。

その姿を掴まなければいけない。

そう思った。

そして私は毎年と同じく云わなければいけない。

誰よりも早く、誰よりも先に。















『誕生日、おめでとう・・・千影』















手の平に『何か』を掴んだ感触が伝わった。










『しすぷリんく一周年記念作品コンテスト』に応募した作品です。
作成期間が2時間程しかなかったので、かなり納得いっていません。
2002.03.10 【最終更新2002.03.27】

     

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