BOARDING



夢が叶うって云うのは、どんな気持ちなんだろう。
夢が叶った時、何を感じるんだろう。
そんな事を考えながらボクは自分の部屋の天井を見つめていた。
軽く霞んだ意識を引き戻させる様に、目覚まし時計が鳴る。
「はぁ・・・」
ボクは溜め息を一つ吐き、目覚ましを止める。
起きなきゃ。
起きなくても、多分二度寝は出来ない。
ボクは首を左右に振って意識をハッキリさせてから、立ち上がる。
窓を開け放ってみると、冷たい風が流れてくる。
思わず鳥肌が立ったので、ボクは窓を閉めた。
「寒いけど、走ろうかな」
独り言を呟き、ボクは大き目のパジャマを脱いで、ジャージに着替える。
部屋の鏡を見ながら、寝癖だらけの髪を手串で整えた。
「よし」
そう口に出すと、ふと壁に掛けてあるカレンダーが目に入った。
時が経つのは早いな・・・
毎日の習慣から、頭の中が今日だけのモノに変わっていく。
寂しさが込み上げ、胸が苦しくなる。
鈴凛ちゃんは夢を叶えた。
そして、今日日本を旅立つ。



歯を磨き、トーストを齧ってボクは家を出た。
軽く躰を捻って準備体操をした後、少し歩く。
周りにある景色はボクにとっては見慣れた景色。
こうやって眺めながら歩くのも、もう慣れた事。
変わらない街並。
変わらない習慣。
でも、今日で変わってしまう。
彼女が居なくなってしまう。
決して永遠の別れじゃない。
だけど初めての別れ。
其処は微温湯に浸かる様に心地良くて、忘れていた。
誰もが成長して行き、誰もが変わっていく事。
そして、最初になったのが、たまたま鈴凛ちゃんだった。
其れは別れを経験した事の無いボクには刺激が強過ぎた。
誰よりもボクに似た家族。
誰よりも好きな人。
他の誰かなら良かったのに、って思った事もあった。
だけど、他の誰かを好きになるなんて考えられなかった。
鈴凛ちゃんの夢が叶わないのも嫌だった。
鈴凛ちゃんは何処かボクと似ていた。
ボクが鈴凛ちゃんと似ていたのかもしれない。
勿論、逆かもしれない。
でも、どちらが、と云うのは当人にとって考えるに値しない事だった。
ボクは間違いなく鈴凛ちゃんに憧れていたから。
夢を追い求める姿って云うのは、凄く格好良かった。
何時しかそんな憧れが切欠になり、恋になった。
彼女はきっとボクの此の感情に気付いていない。
ボクは小さい頃からとっても不器用だったから・・・
ボクは、気付くと自宅と若草学院の丁度間位まで来ていた。
そろそろ走ろう。
そう思った時、ボクの脳裏に鈴凛ちゃんの顔が浮かんだ。
誰かと一緒に走るのは楽しい事だった。
例えば今までなら春歌ちゃんとか・・・・・・春歌ちゃん位だったけど。
今日を逃したら、もう二度と鈴凛ちゃんと走る事なんて出来ないかもしれない。
・・・そんなの嫌だ。
鈴凛ちゃんはまだ寝てるかもしれないけど。
断られちゃうかもしれないけれど。
でも今は行動したい。
何であの時、って後悔したくないから。



「あ、おはよう、衛ちゃん」
鈴凛ちゃんの家に着くと、チャイムを鳴らすまでもなく、鈴凛ちゃんはラボの前に居た。
両手には大きな機械を抱えて。
「おはよう、鈴凛ちゃん」
ラボの周りは一面に結構な量の、大小様々な機械が置かれていた。
バランスの悪い状態で積み上げられている物まである。
「此れ、如何したの?」
ボクが指を指して問うと、鈴凛ちゃんは苦笑いをした。
「ちょっとね、大掃除」
そう云いながら、両手に抱えた大きな機械を置く。
芝生の上に置かれたので大きな音はしなかったが、機械の尖った部分が折れる音がした。
此処にあるのは良く見ると、大分埃を被っている物ばかりだ。
多分、もう使わない物達なんだと思う。
「捨てちゃうの?」
「其のつもり。思い出に取って置くにはちょっと嵩張り過ぎるからね」
ボクの問いに答えた其の言葉には、嵩張らなければ取って置きたい、と云う思いを感じた。
勿体無い気がした。
どれがどんな事に使えるのかはボクには良く分からないけれど。
何だか、寂しかった。
でも。
鈴凛ちゃんが決断した事だから。
「ねえ、アメリカに持って行く荷物の準備は終わってるの?」
「うん、終わってるよ。昨夜はずっと荷造りしてて寝てない位だよ」
そう答えると、鈴凛ちゃんは自分の身に着けている腕時計を見た。
ボクも自分の携帯電話の時刻を見る。
そう云えば。
此の電話も鈴凛ちゃんが市販されているのを改造した物だった。
十二人、姉妹全員が同じ物を持っている。
其の画面の右上に表示されているのは、少し丸い形の数字。
一見見辛いけど、もう慣れた物だった。
まだまだ朝と云える時刻だった。
「ちょっと此処にあるの粗大ゴミに出しちゃうから、運ぶの手伝ってもらっても良いかな?」
鈴凛ちゃんのお願いに、ボクは頷く。
少しでも一緒に何かをしていたかった。
そして、鈴凛ちゃんが喜んでくれるなら尚更。
「ありがとう、助かるわ」
鈴凛ちゃんは微笑み、積み上げられた上の方にある小さい機械を幾つか手に取る。
ボクは其の下にあった中型の機械を二つ持った。
「おー、流石力持ちだね」
鈴凛ちゃんが褒めてくれた。
ボクは嬉しくて照れ笑いをする。
鈴凛ちゃんの家からゴミ捨て場まではそう遠くない。
むしろ、かなり近いって云っても良い。
家の敷地を出たら少し先に見えるゴミ置き場。
歩きながらボクは思った。
今鼻先に感じる、機械から感じるオイルの匂い。
其れをボクはずっと、鈴凛ちゃんの匂いだって思うんだろう、って。
ゴミ置き場に着くと、鈴凛ちゃんは端の方に立て掛ける様に機械を置いた。
「ねえ、鈴凛ちゃん」
「ん、何?」
鈴凛ちゃんの置いた横に、ボクも両手に持った機械を並べて置く。
心の中に色んな思いが交錯する。
寂しいって事、嬉しいって事、楽しいって事。
全部、今日が今日だから思う事。
明日からはきっと、ずっと思うから。
寂しいって事だけを。
「全部片付け終わったらさ、一つだけお願い聞いてくれる?」
一緒に走りたいんだ。
色んな事を話したい。
色んな事を思い出したい。
色んな事を覚えていたい。
ボクは、鈴凛ちゃんの事が好きだから。
そう云いたかった。
「何だろう。うん、良いよ」
ボクのお願いを知る筈も無い鈴凛ちゃんは、ふっと楽しげに笑った。
あ、もしかして。
ボクは此の表情が好きだったのかもしれない。
ずっと、ずっと昔から。
・・・よし、頑張ろう。
お別れだから、何時もの様に笑って。
お別れだから、何時もの様に笑わせて。
何時もの様に。
次に出逢う時は変わってるかな。
変わってるだろうな。
変わってると良いな。
鈴凛ちゃんも、ボクも。
だから、今はもう少しだけ、此のままで。



FIN.


     
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